遊びを仕事する

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遊具の安全性について−ヨーロッパ編−



 「日本人は、水と安全は無料で手に入ると思い込んでいる」と、イザヤ・ベンダサンは古典的名著『日本人とユダヤ人』の中で30年以上も前に言っている。今や、水はペットボトルで売られ、安全もお金を払って「セコムする」時代になったが、根本的には、ベンダサンの指摘は変わっていないように思う。
 夏の天気のいい日曜日、水の事故が報道されるたびに思い出すことがある。幼児に初めて泳ぎを教えるとき、欧州では泳ぐ楽しさを教える前に、まず服を着たまま飛び込ませ、水の怖さを教えるという。事実、その教え方を見たこともある。日本では逆に、楽しさから教え、どうも怖さは教えないようだ。
 このことだけを典型例として安全教育の違いを語ることはできないが、日本と欧州とでは安全(この場合、生命の危機)に対する考え方が大きく異なっているように思える。まず命を守り、その次に体力の増強を図る。遊具の設計も同じで、死亡事故はもちろん、大事故をなくすことを最優先した施設設計となっている(スウェーデンではここ10年、遊具での死亡事故は起きていない)。

 さて、本題の欧州における遊具の安全に関しては、統一した安全規格としてEN―1176、EN―1177があり、これが遵守されている。また、それは過去に設置されたものにも適用されている。さらに、設置後どのように維持管理されているかにも大きく注意が払われている。
 この違いはどこから来るのか。私は次のような仮説を立てている。

 彼らは「人間のつくったものに完全なものはなく、危険性を持っている。したがって、使用し始めたときから、安全確保の方策が必要である」ととらえているのだと思う。自動車のリコール制度(使用後に問題や欠陥のあることがわかった車でも、その時点で内容を公表し、その車を回収・修理すれば許される)が最もわかりやすい例だと思う。
 欧州安全規格の由来は、ドイツのテュフ(TUV)にある。テュフとは行政から独立した第三者試験認証機関で、1870年、公共安全性の立場から工業製品の安全性を規制し、監督する業務から興ったとある。自動車や航空機はもちろんのこと、あらゆる工業製品の安全規格をつくり、これを検査・認証する機関であり、「おもちゃ」も、この機関で認証する。このような機関が成功する理由は、事故を隠させない調査報告制度が充実していることにある。
 ドイツにおいて2001年に発生した14歳以下の子どもの事故の件数は、次のように報告されている。遊びやスポーツ関連の事故は31万5000件で、そのうち約5%の1万5750件が遊び場で発生している(児童の安全のためのドイツ連邦ワーキンググループ)。そのほか、公立学校や保育施設の遊び場での事故は5万9000件で、そのうち72・5%は放課後の遊びで発生している(ドイツ事故保険会社協会)。

 テュフは誇らしく次のように述べている。
「テュフの遊具の検査は年齢グループ別に行われ、これに合格した遊具施設は児童の遊び場として最も適したものとなっている。検査合格した遊具の材料及び組み立て・据え付け技術は、安全である」
 また、忠告として、「遊び甲斐のない、安全すぎる遊具施設は、子どもが退屈して間違った使い方をしてしまうため、事故の発生率が高くなる。退屈な遊び場は、一般の人には安全に見えるかもしれないが、実際には安全ではない」とも述べている。
 さらに、遊具は経年変化で老朽化する。したがって、保守管理が不十分な施設は重大な事故につながるとし、これを防ぐため、テュフは遊び場の安全点検も受注している。毎年、大規模な安全点検を実施し、詳細な文書による報告を行って、遊び場の運営管理者を支援しているのである。
 テュフは1996年に、検査・認証のみでなく、環境マネジメント及び監査サービスを提供する会社となり、全世界で9000人のエキスパートを雇用している。事故は多いといっても、1万分の1か10万分の1である。したがって、彼らは、できるだけ多くの事例を長い期間にわたって収集し、さらに、関係者全員が共有できる情報システムを持っているのである。
 このように欧州では、安全を確保するため、大きなお金を費やしている。安全はタダではないのである。

「絵本フォーラム」36号・2004.09.10


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