絵本のちから 過本の可能性
★特別編★
「絵本フォーラム」24号・2002.09.10
きしもと ひろし氏 略歴

 1930年神戸市に生まれる。1950〜90年 神戸市小学校教師。現在、教育士・学力コンサルタント。学力の基礎をきたえ、どの子も伸ばす研究会(学力研)代表委員
 『見える学力・見えない学力』(大月書店)『すべての子どもに確かな学力を(小1〜6年)』『幼児期に学力の土台を』(以上たかの書房・京都市)『育児の帝王学』(小学館)など多数。
ニ ッ ポ ン 人 か ら ア ッ ポ ン 人 へ
最新型の子ども虐待装置
岸本 裕史(教育士)
日本は世界一の子ども虐待国!?


 「日本が世界一の子ども虐待国?うそっ!」だれしもそう言います。いま、日本の親の何%かは、わが子を叩いたり、食べさせなかったり、ひどく意地悪をしたりしています。それは、よその国でも日本並みに起こっているでしょう。ところが、それを超えての凄じい虐待が、ほとんどの家庭でなされているのです。この日本では…。「えっ、それ、何?」と問い返されます。「あなたの家庭では、子どもが生涯に亙って駄目人間になってしまうように、連日三時間以上軟禁し、その脳に悪の枢軸が構築されるように、この上ない絶妙なやり方で洗脳されていっているのですよ」と、こう語りかけても、だれも信用してくれません。却って「この人、かなりおつむが可笑しくなってきているわ」となります。
無学力生徒《アッポン人》の量産


 この4月から、教育改革が実施されました。世界一薄っぺらで、絵と写真だらけの易しい教科書になりました。国語・算数・社会・理科の授業は、小学校6年間で、去年までの3900時間を2900時間まで削り取られ、うんと学力水準を低くしました。そう、これまでの小学四年生程度までに落とすという、世界で初めての珍妙な学力劣化政策です。そして、子どもたちは阿呆にされます。漢字は読めたらいいのよ、書くのは来年だわとなり、仮分数や帯分数は中学でね、円周率は3でいいのよ、台形の面積など小学生には不要よ、となりました。
 10年前までは、小中学生の学力は世界一でした。いまは、どうやら10番目あたりまで落ちているようです。あと5年もすれば、イギリスやフランスにも追い越されて、多分20番目ぐらいになりそうです。一世代後はアメリカの下位を彷徨するまでになるかも知れません。そして、日本の子どもの多くは低学力児となり、中学から高校にかけては、読めず、書けず、考えずといった悲惨なまでの無学力生徒に転落していくことになりそうです。アッポン人の量産です。
 ところが、子どもたちが21世紀の社会を真当に生きていこうとすれば、かなり高い水準の学力が求められます。5年前、クリントン前大統領は全米向けに「今世紀に新たに生まれる職業の95%は、高い学力を必要としている。そのためには、小学生の時からきちんと家庭学習と読書の習慣をつけなければならない。高校に入ってからでは遅過ぎる。私の長女チェルシーはそのように育てて、今夏、志望大学に進学した」と訴えていました。
 確かな学力をつけるには、毎日の家庭学習が不可欠です。寝る前の短時間の復習で、その日教わったことが思い起こせます。すると、睡眠中に脳神経細胞が発達するのです。脳は起きている時には発達しません。睡眠不足でもだめです。充分な眠りこそ、脳の発達にとって大切な条件なのです。
最新型虐待装置とどう付き合う?


 ところが、いまの子どもは、小学生で毎日3時間、中学生になると4時間以上も、テレビを見たり、ゲームをしたりしています。せっかく勉強に取り組んでも、それらはテレビを見ることによって帳消しとなります。忘れてしまうのです。子どもの頭を発達不全にし、高い学力になる可能性を根こそぎ潰す悪の枢軸−それはテレビ・ゲーム・パソコンという名の子ども虐待装置です。
 今年から小学校の授業日数は年間200日足らずになりました。国語・算数・社会・理科という学科の授業は、年平均500時間ほどです。ところが映像物は年間1000時間も見ているのです。毎週2連休・3連休があるので、今年からはもっと増えているはずです。ある民放では、毎週土曜は7時半より5本もアニメを放映しています。
 東京オリンピックと共にカラーテレビで育った世代が、いま親になっています。つけっぱなしが当たり前という生活感覚です。そんな家庭に育った子どもには、読む力・書く力・計算力という学力の基礎をきちんと身につけさせるのは、ほんとに大変なことです。心の糧であり、教養の源でもある読書習慣も育たないとなれば、日本の未来は荒廃一途となります。子どもに発達不全をもたらす虐待装置と、これからどう付き合うのかの提言をうんとお聞きしたいですね。

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