こども歳時記

〜絵本フォーラム100号(2015年05.10)より〜

君たちはどう生きるか

 風が薫っています。爽やかな季節となりました。  

 もう何十年前でしょうか。同じような季節の頃、瀬戸内海に浮かぶ小さな島の小さな高校に都会から転校生がやってきました。彼が「人は何の為に生まれてきたのだろうか?人はどう生きなければならないのだろうか?」と、突然私たちの前で発言したのです。「あいつは変だ!」と私たちは呆気にとられました。もちろん私たちにもそれなりに悩みはありましたが、仲間と一緒に海に出て蛸を採って食べたり、数学の応用問題を皆で解き合ったりしながら楽しい毎日を過ごしていたのですから……。

 それから10年後、私は『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎/著、ポプラ社)という本と出合いました。その時、ふと昔のあの変な転校生の言葉が甦りました。10代の頃にこの本を読んでいたら自分のこれまでの生き方は変わっていただろうか。そう思わずにおれませんでした。

 それから更に30年以上の歳月が経ちました。まるで「旧友」と再会するようにこの本を手にしたのです。これまで何度か絵本や書籍を整理してきました。どうしても手元から離せなくて箱の奥に詰めていたものです。

 この本は山本有三が編纂した『日本少国民文庫』16巻のなかの1巻です。1937(昭和12)年に出版されました。『日本少国民文庫』は軍国主義の勃興により言論や出版の自由が制限されていた時代に、時勢の悪い影響から少年少女だけは守りたいとの思いから出版されたそうです。

  毎日が慌ただしく過ぎ去っていく日々のなか、自己の体験を通じて人間が人間として誇り高く生きていくとはどういうことなのか、を考えるには手助けが必要です。小さな子どもにとっては勿論のこと、少し大きくなった子どもにとっても導き手は必要です。児童書はその役割を果たしていると思います。

 さて、高校時代の転校生の「人はどう生きなければならないのだろうか?」という問い、吉野源三郎の「君たちは、どう生きるか」という問いは、現在のものとしてここにあります。今、私は自分自身に対して何と答えるのだろうか。答えを出すためには知識や情報が必要です。

 先日、「国境なきジャーナリスト」が2015年度の「報道の自由度ランキング」を発表しました。対象国180カ国のなかで、なんと日本は61位だそうです。日本のなかで何が起きているか私たちには正確で必要な情報は届いてきません。沖縄・辺野古でどのようなことが起きているのか。福島の復旧・復興は現在どのような状況にあるのかということが分かりません。もし戦争になったらと考えると寝付けない夜があります。時々、身近にいる子どもたちの顔を思い浮かべます。「たあ君」「ゆう君」「かほちゃん」「しほちゃん」……。

 彼らが大人になった時、どのような社会になっているのでしょう。 正確な情報を得て、それを吟味して自分はどう生きるのか判断していきたいと思います。(もり・ゆりこ)


森 ゆり子(絵本講師)絵本講師・森 ゆり子

君たちはどう生きるか

『君たちはどう生きるか』
(ポプラ社)

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