えほん育児日記
〜絵本フォーラム第107号(2016年07.10)より〜

頑張れ、保育士の卵たち

 

榑林 明子(絵本講師)

 

頑張れ、保育士の卵たち

 「かっぱ、OK!?」 店員さんにそう言われて、カウンターにいる次男を見ると、手にスティックきゅうりを握っている! 4年前、夫の赴任に家族で同行し、上海で暮らし始めてすぐの頃のことです。まだ中国語の話せない我が家は、夫婦と子ども3人で日本語対応有の和食レストランに行った。テーブルに案内されて料理をいただいている間、当時8ヶ月で食事はまだほぼ母乳だった次男は、客が少なく暇をもてあましていた店員さん達にかわるがわるあやしてもらっていた。そのうちだっこされて厨房の料理人達のところまで連れていかれ、次男を囲んで携帯のカメラで記念撮影が始まった。まるでアイドルのようにもてはやされ、彼らの好意によって手渡されたきゅうりは、次男が生まれて初めて口にした生野菜となったのだった。  上海では、毎日顔を合わすマンションのスタッフ達や、近所の道端で露店営業しているなじみの果物屋の老夫婦も、いつも笑顔で子ども達に声をかけてくれた。次男をだっこ紐に入れて地下鉄やバスに乗ると、どんなに混み合っていても、老若男女誰かが必ず声をかけてくれ、席を譲ってくれた。まだ中国語がわからない私にも、席の近い人々が「男の子? 女の子? 何ヶ月なの? 」と親し気に話しかけ、笑いかけてくれた。

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 中国では、赤ちゃんのことを「宝宝(BAOBAO)」と呼び、何よりも大切にする文化が根づいている。上海で暮らした3年間、次男はどこにいっても毎日温かい眼差しをいっぱいに浴びて育った。また、一人っ子政策の為、父母と両祖父母の六人が、愛情をたっぷり注いで子育てしている様子を日々目の当たりにした。 国立青少年研究所の2011年発表の調査によると、「私は価値のある人間だと思う」という問いに「全くそうだ」と答える高校生は日本7.5%、中国42.2%である。この中国の自己肯定感の高さは、幼少期に社会全体から愛され、自分の存在をまるごと受け入れられる、安心感でいっぱいの温かい子育て環境にあるに違いないと実感し、本当に大切なものを教えられる日々だった。

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 また、絵本を通しての素晴らしい出会いにも恵まれた。幸運なことに、上海には松谷みよ子さんをはじめ錚々たる絵本作家さんのお力添えの下開館し、十年以上続く会員制日本語図書館「虹文庫」があった。近所に分館ができると知って早速入会し、ボランティアスタッフに登録した。スタッフは読書家で絵本に造詣が深い方が多く、日本での文庫活動の経験が豊富な先輩方から、公の場で読み聞かせをする心構えや選書の仕方、絵本の持ち方、紙芝居の演じ方などを教わった。文庫では毎週開館時に未就園児の親子向けのお話し会を設けており、私はそのお話し会での読み聞かせや手遊びなども担当させてもらい、自身も楽しみながら貴重な実践を積み重ねることができた。

 スタッフ三年目の春、次男も預けることができるようになった頃、文庫主催での「絵本講座」の依頼を受けた。子育て講座が少ない上海の地で、絵本講座は私の予想以上に喜んでいただけた。日本人のママやパパ、中国人の方、それぞれの思いで、私の読む「ラブユーフォーエバー」(ロバートマンチ作・乃木りか訳・梅田俊作絵・岩崎書店)に涙にする姿を見て、改めて絵本の持つ力に感銘を受けた。その後帰国までに、機会あるごとにボランティアで講座を開催し、経験を積ませていただいたことに、本当に感謝している。

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 皆で語らう海外での子育て談議、絵本談義など、日本各地から集った、心通うかけがえのない仲間とともに過ごした楽しく充実した時間は、私の心の中で今も宝物のように輝いている。日本を離れ、改めて日本を見つめた3年間。その経験で得た、目の前の子どもの幸せを願う子育てや絵本への想いを、今後も私の言葉で、私らしく伝えていきたい。それが未来に、そして、世界平和につながると信じて……。
(くればやし・あきこ)

 

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