こども歳時記

〜絵本フォーラム108号(2016年09.10)より〜

大切にしていきたいこと

 私の家の前に、近所のおじちゃんであろう人の畑があります。近所にお住まいなのでしょうが、どこに住んでいるのかはもちろん、名前すら知りません。でも、会えばいつも挨拶をします。そして、何も良いことはしていませんが、昔話のかさじぞうのように畑で採れた旬の野菜を玄関などに置いてくれてたりします。  

 夏の暑い日、鍵を持って出るのを忘れた次男が玄関で寝ているとおじちゃんが「大丈夫ね」と声をかけてくれ、スポーツドリンクと野菜をくれたそうです。おじちゃんのトマトは甘くてとても美味しいので夕飯に「おじちゃんのトマト、おいしか〜」と、皆で感謝しながら食べました。たまにお裾分けを持っていった時にそのことを伝えると「こんなんせんでよかと。野菜ばおいしいって言ってくれるだけで嬉しかけん」と、笑顔で応えてくれます。とても温かい時間です。

 ネットのある環境が当たり前になってきた昨今、同じ考えを持つ人たちと気持ちを共有できるきっかけが増えたように思います。自分と同じ考えの人たちと意見を交換することは、居心地がとてもいいです。しかし同時に、小さな意見や考えを言葉にし、具体化させて動き出した時の危うさもあるのでは、と思うのです。

  自分の考えが認められたり、支持されたりすることはとても嬉しいことです。自信にもつながります。でも、視野が狭くなっているかもしれない、ということを常に意識していたいと思います。そして、ネットで考えを共有する居心地の良さに甘えて、身近にいる家族や友人、知人や隣人との交流を疎かにすることのないよう、心がけていたいです。ネットの向こうの人と繋がると同時に、いつも身近にいるいろんな世代、考え方が自分とは異なる人たちの意見に耳を傾け、関心を持ち、たくさんの視点から物事を捉えられる知識を得る努力をしていきたい……、と強く思います。

            * * *

 母親になって二十年が経ちました。子どもたちと喜怒哀楽を共にし過ごしてきました。息子たちが小さかった頃、散歩に行って小さな出来事に足を止め、親子で話しました。電車の音を息子の気が済むまで聞いていました。お昼寝をしました。いっぱい叱りました(ごめんね)。夕焼けを眺めました。ご飯を一緒に食べました。お風呂に入って、絵本を読んで、眠りにつく息子たちの顔を眺めていました。息子たちがいつでも話しかけられるよう、そばにいました。それだけです。私が働いていたらもっといろんな体験をさせてあげられたのかも……、とも思います。でも、そばにいてたわいもない日々を積み重ねてきたことが無駄だった、とは思いたくありません。

 楽しそうに散歩をしている親子を見かけると嬉しくなります。「生まれてきてくれてありがとう」と心の中で思います。偶然すれ違っただけの縁。ふと、お母さんと目があって微笑み合う……、それも小さな社会貢献、平和への一歩だと思いたいです。 
(くらとみ・のぶよ)


倉富 展世(絵本講師)くらとみ・のぶよ

海べの朝

「海べの朝」
(岩波書店)

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