こども歳時記

〜絵本フォーラム111号(2017年03.10)より〜

生まれてきてくれてありがとう

 春は別れと出会いの季節です。この春も、たくさんの子どもたちが旅立っていくことでしょう。 高校生の長女に、自分の生まれた時のことを親に聞いて感想を書くという課題が出た時のことです。登校前に、彼女はプリント一枚を食卓に置き、「明日提出だから」と一言。「もっと早く言ってよ!」、というパターンは思春期の子を持つ方なら経験済みでしょう。その日の夕食時、里帰り出産した時の(キャスリーン・アンホールト/作、角野栄子/訳、文化出版局)話や「ワンオペ育児」でたいへんだったことなどを思いつくままに話しました。また、子どもがいたからこそ、転居先でもすぐに知り合いができ、人の優しさに触れることができたことも伝えました。その夜、懐かしくなって『わたしが あかちゃんだったとき』をひらきました。三歳の女の子が生まれてからの一年間をお母さんと一緒に振り返るお話です。見返しの絵一つひとつにも、思い出がよみがえります。ふと、「赤ちゃんのときも可愛かったけど三歳のあなたはもっと可愛いよ、と言ってあげれなくてごめんね」と心の中で謝りました。

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『抱きしめてあげて 育てなおしの心育て』(渡辺久子/著、太陽出版)のなかで、著者は人の心を深い井戸にたとえ、親心に包まれた幼少期の記憶について、「共に生きた初期経験の幸せな実感は、人の心の井戸に、消すことのできない明るい思い出を蓄積し、心の底を生涯照らし続けるでしょう」と述べています。この言葉に、私はどれほど励まされたことでしょう。友人の勧めもあり、子どもに良かれと思って始めた読み聞かせですが、いつの頃からか、一緒に読んだ一冊一冊が記憶に残らなくても、成長したのち手に取った絵本からよみがえった記憶〜私や夫の声・温もりが子どもの心を温め、一歩を踏み出す力の礎になってくれたらいいな、という祈りにも似た願いを持つようになっていたからです。 翌朝、食卓に置いたままの課題プリントには、「小さい頃の私は家族に大切にされていたんだとわかった。〜中略〜私も大人になったら素敵な家族と楽しく過ごしたい」と娘のコメントがありました。その日以来、娘から話しかけてきたり、「ありがとう」と言ってくれたりと態度や言葉が柔らかくなりました。きっと、心の拠りどころを再確認できたからなのでしょう。

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いつか旅立つあなたへ。「あなたが赤ちゃんだった時、幸せだったのはお母さんだったのです。でも、その時の私は未熟で、そのことに気付けなかった。今、読み返す絵本は、あなたが私のところへ生まれてきてくれたことへの感謝と、家族そろって幸せな時を重ねてこれたことへの感謝の気持ちで、私をいっぱいにしてくれます。生まれてきてくれてありがとう。あなたなら大丈夫。大きく羽ばたいて!」(おかべ・まさこ)


岡部 雅子(絵本講師)
岡部 雅子

抱きしめてあげて

「抱きしめてあげて育てなおしの心育て)
(太陽出版)

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