こども歳時記

〜絵本フォーラム114号(2017年09.10)より〜

「行きて帰らぬ物語」も

 9月になっても、まだまだ暑い日が続きます。でも、あんなに騒がしかったセミの声はすっかりひそやかになり、自然はきちんと秋を迎える準備をしているようです。 繰り返す季節の中で子どもたちはまたひとつ成長し、前の年とは違った自分を感じることでしょう。あんなに夢中になったセミ採りも来年には見向きもしなくなるかもしれません。ただただ楽しかっただけの夏休みも、やがてクラブ活動や進学の準備に追われる日々がやってくることでしょう。

 でも、幼かった頃に汗だくになって遊んだ夏の日を、夏が去りゆくときの心地良い秋風をたくさん感じた子どもたちは、心に多くの力をため込んで、あらゆる困難を乗り越えていくのではないかと思います。そしてまた、新しい季節を迎え入れることでしょう。

 児童文学者の瀬田貞二は、幼い頃に出会うべき文学は、「行きて帰りし物語」だと説いています。どんなに楽しいことを経験しても、また悲しい思いをしても、あなたには必ずや帰る場所があるということです。これは、子どもたちにとって、生きる勇気を与え心の糧となります。四季のめぐりもまた、子どもたちの生活に根ざした「行きて帰りし物語」ではないかと感じます。

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 さて、「行きて帰りし物語」の素晴らしさを踏まえて、あえてひとつの「行きて帰らぬ物語」を紹介したいと思います。その物語が『すみれ島』です。この絵本には、昭和20年の出来事が描かれています。 九州の南の海辺のある小学校の上空をいつの日からか毎日のように日の丸をつけた飛行機が飛ぶようになりました。それを見た小学生たちは、いつも同じ飛行機がなんども飛んできてくれるのだと思い、手紙や絵をかいて航空隊に送ってもらいます。そしていつしか、すみれの花束をおくることになりました。すると、ある日子どもたち宛てに礼状が届きます。先生はその手紙を生徒たちに読んで聞かせました。《すみれの花をたくさんありがとう》航空隊員たちは、もらったすみれの花をからませて“すもう”をして遊びました。《せっかくもらった花を、ちぎってしまって、わるいなと思いながら、花がなくなるまでやりました。》《いま、出撃の号令がかかりました。》《いつまでもお元気で。サヨーナラ。》先生は手紙を読んだ後、この兵隊さんたちは、特攻隊として南の海で戦死する運命にあることを子どもたちに告げるのです。

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 かつての日本で「行きて帰らぬ物語」が実際にあったこと。そして、そんな物語は二度と繰り返してはならないこと。多くの方々が「何か」を伝えたいと『すみれ島』を読み続けてこられたのではないでしょうか。私たちも、これからずっと『すみれ島』を読み継いでいかなければならないと強く思います。

(だいちょう・さきこ)


大長 咲子(絵本講師)
絵本講師 加藤 美帆


すみれ島

『すみれ島
(偕成社)


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