えほん育児日記
〜絵本フォーラム第116号(2018年01.10)より〜

「思いやりの気持ちや言葉」

 

栗本 優香(芦屋8期)

 

発言席 栗本優香 最近、マナーを呼びかけるアナウンスが、以前よりも頻繁に流れるようになったと感じるのは私だけでしょうか。
「優先座席ではお身体の不自由な方、妊婦の方、座席を必要とされている方に……」「エスカレーターでのベビーカー・車いすの利用は大変危険ですので、ご遠慮ください」電車に乗っても、買い物に出かけても、ずっとそんなアナウンスを耳にします。

 どこもかしこも、一方的にマナーを呼びかけ、看板やポスターは「禁止」「ご遠慮」の文言ばかりで、大人も子どもも、なんだか窮屈だなと思ってしまいます。 

 しかし、そう思う反面、「禁止事項に載っていない事だったら、してもいいでしょ」。
「それで何かあったら、責任を取ってもらいますよ」、という風潮もありはしないでしょうか。
企業の責任回避のためのアナウンスが、エンドレスで流れるのを聞いて、心がざわざわしてきました。
誰のためのマナーでしょうか? そして、私たちは自分の頭で判断するのではなくて、アナウンスや禁止ポスターに自分の行動の規範を委ねてしまったのでしょうか? 

 一方、小学校では道徳が教科になるという話も出ています。
子どもたちの世界も、画一的なアナウンスや文字、先生の教えてくれる事が、すべての行動の規範になっていくのでしょうか。

 子どもたちは、日々、善悪の物差しだけでは測れない様ざまな出来事に囲まれて暮らしています。
その経験の積み重ねから、自分の頭で考え、判断する力を身に付けていくのだと思います。
身近にいる親や大人の言動もきっと見られているのでしょう。
そう思うと、背筋の伸びる思いがしますが、そんな風にそれぞれの家庭でマナーや規範が育まれていくのだと思います。
そして当然、自分とは違う価値観もある中で、協力したり、折り合いをつけたり、時には話し合って解決を模索するのが世の中というものではないでしょうか。

                *   *   *

 少し前、私が電車に乗っていると、向かいの席に4歳くらいの女の子を連れたお母さんが座りました。
女の子は最初座っていましたが、しばらくすると立ち上がろうと、もぞもぞ動き始めました。
するとお母さんが「立ってる人もいるのに、私たちは座らせてもらっているんだよ。
立つのだったら、もう座ってた席は、他の人に座ってもらうよ」と諭されたのです。
そうすると女の子は、残念そうでしたが、ちゃんと座り直しました。
聞くともなしに、そんな会話を耳にしているうちに次の駅に着き、ご年配の夫婦が乗ってこられました。
そうしたら、座っていた私をはじめ、周りの6〜7人が席を譲ろうと、一斉に立ちあがったのです。
ご夫婦も、さすがにビックリされていましたが、結局学生さんに譲ってもらって、顔を見合わせて微笑んでおられました。立ち上がった私たちも照れ笑いしながら座ると、すごく温かい空気が流れました。
きっとみんな、そのお母さんの話を聞いていたのだと思います。

 その親子の会話を耳にして、各人が、どう考えたのかはわかりません。
でも、それぞれに自分の頭で考えた結果、皆が立ち上がったのですよね。
車内アナウンスでは動かない人の気持ちを動かして、そんな温かい空気を作り出したそのお母さんに、私は心から拍手したいです。

                *   *   *

 一人一人の心がけ、思いやりの気持ちや言葉は、本当に小さいものです。
そんなものでは到底、世の中、何も変わらないと思ってしまいがちです。
でも、それが少しずつ集まっていったら、いろんな所で花開いたら、きっと何か変わっていくと思います。
私はひそかに、そう確信しています。

 私にとっては、これからも絵本を仲立ちに出会う子ども達、大人の方々に、心を込めて話し接することが、その確信を現実のものにしていく道ではないかと思うのです。
(くりもと・ゆうか)

前へ ★ 次へ