たましいをゆさぶる子どもの本の世界

 

「絵本フォーラム」第117号・2018.03.10
●●106

ふざけているが、面白い。こんな本もときには読んでみる

『えがないえほん』(早川書房)

 

えがない絵本 二月、連日の新聞・テレビ報道は開会中の国会論議を隅に追いやって平昌冬季五輪一色である。アスリートたちが鍛え上げた体や技能を駆使してたたかう姿はすばらしい。勝者ばかりでなく敗者のたたかいぶりからも清冽な感動を受けて日常のモヤモヤを発散できたりできる。

 ただ、スポーツの祭典の裏舞台にうごめく金権族や政治利用の輩たちのどろどろとした動きは不愉快である。わが国では、現下、国会会期中。森友・加計問題や働き方改革法案では暴露資料がつぎつぎにとびだして政府・省庁のデタラメぶりは頂点に…。ところが、五輪のばか騒ぎにかき消されて、当事者たちは数の力を背景にシラを切りつづけている。

  わが国や米国のひどさが際立つけれど、欧州の混乱つづき、中東戦争はトランプの余計な介入でますます激化、世界中が混乱と矛盾のただなかにあり、おかしい。

 で、怒りやらうっぷんのやるかたない思いをどこで発散するか。悩ましいもんだいだが、ぼくは、うっぷんばらしに落語・漫才等の寄席芸をたまに楽しむ。ボケが時事問題を巧みに織り込み聴衆を魅き寄せて、ツッコミはするどく短い言葉を発し、ボケの頭を平手一発…、といった漫才芸。達人芸なら爆笑もので、声出し腹かかえる分、気が晴れる。また、スポーツ観戦で大声出して夢中になる。おかしな事説だが、一瞬にしろ、ばかばかしくも、脳や胸の裡に蓄積されたモヤモヤを吐き出す時間が創れていると思う。

 子どもたちはどうだろうか。異常な情報化社会、幼児や児童だってストレスをためこんでいるにちがいない。 そんな子どもたちに、「まったくバカげていて、ふざけた本です」と作者が自認する本を読み聞かせたら、おおわらいしてよろこんでくれるかもしれない。しれないとしたのは、まだ、ぼくは子どもたちに読み聞かせしていないからだ。

 なにせ、2014年に米国で発表されて以来話題を集め、昨年末に日本版刊行以来、たちどころに15万部も売れているベストセラー。原書は、”ザ・ブック・ウイズ・ノー・ピクチャーズ”だから、「えのないほん」、それを日本版は「えのないえほん」と翻訳する。造本は絵本様だし、読み手の姿込みの立体絵本ととらえると納得できるではないか。

 見開き展開で、「この ほんには えが ありません」はじまり、「えが ない えほんなんておもしろくないよね」とつづく作品は、「かかれている ことばは ぜんぶ こえに だして よむこと」「なにが あっても」「こんな ことばでも…」と読み方のルールを6頁にわたって説明し、突然、色文字特大活字の「ばふっ」「ぶりぶり ぶ〜!」と下卑た擬音を発しだす。すでに紹介されたテレビ録画やネットに寄せられた読み聞かせ録によると読みはじめから子どもたちは大爆笑するというのである。

 おとなのぼくがどんどん読んでみる。だじゃれにギャクといった趣の言葉が、たたみかけるようにつづき、案外、気持ちよくリズムに乗ってしまう。著者がみずから語るように「バカげていて、ふざけた本」で、意味不明のさけびやどなり声があざやかな色文字大活字でおどり歌い集散する。翻訳者ものりのりなのか、「かえるのうた」を「にゃんにゃん ちゅうちゅう め〜め〜 ぶひ コケコッコ〜゛と遊んでいる。

 こんなバカバカしさにつきあううちに、重い頭は軽くなり、いくらかなりと爽快な気分になるのだから、なかなか不思議な本ではないか。なるほど、よくかんがえたなと著者の遊び心に感服して、意味不明にうなづいたしだい。面白い本なのである。きっと、子どもたちもよろこぶだろう。子どもたち集団に向きあい読み語ることで誘う笑いは増幅するにちがいない。ただ、寄席芸とおなじで、読み手の芸がなければつまらない本だとも思う。読み手の姿が「えがないほん」と一体になって「えほん」になるのではないか。

 ふざけているが、面白い。こんな本もときに読んでみてもいい。

  ハーバード大で文学を修め、コメディアン・俳優・映像監督に作家・脚本家として多彩に活躍する作者の読者への思いは奈辺にあるのだろうか。知りたいところである。
(おび・ただす)

 

(『えがないえほん』B・J・ノヴァク/さく、おおともたけし/やく、早川書房)

 

前へ次へ  第1回へ