こども歳時記

〜絵本フォーラム117号(2018年03.10)より〜

安心できる優しい時間

 春ですね。震災から7年が過ぎた春。あと一年ほどで平成が新しい元号にかわる春。そして、それぞれに進級、卒業、就職など節目となる方も多いのでしょう。人それぞれ。体験も思いも様ざまに、それでも各地で桜は開花して、春です。

 この季節にぜひ読んでほしい『スイミー』。レオ=レオニの有名な絵本ですが、教科書でしかご存じない方は、ぜひ絵本で読んでほしい絵本です。みんなで協力すればなんでもできる、と思われがちですが、作者はそんなことは言っていないとのこと。では、何を言っているのでしょう?

 一番多く頁をさいているのは海の底でスイミーが様ざまなものと出会う場面です。仲間がみんな大きな魚に食べられて、独りぼっちになったスイミーは、ひとり海の中をさまよいます。そして、今まで見えていなかった、様ざまな面白いものや美しいものがたくさんあることに気づいたのです。『一人になるということがどれほど重要な意味を持っているかということ。ものを見るということができる、それがどれほど大切か。』と松居直氏は言われています。自分が生きている世界の美しさ、すばらしさに気づいたスイミーは岩陰に隠れていた、新たな仲間に出会います。そして「考えて考えてうーんと考えて」大きな魚のふりをしてみんなで泳ぐことを提案する。レオ=レオニの生きざまをも彷彿とさせるような絵本です。

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 音読しても5分程度の短い絵本ですが、淡い色合いの美しい絵をじっくり見ながら読み聞かせてもらえると、大人でも至福の時間です。人の声で読んでもらえると、自分で文字を追わなくても耳に届けてもらえるので、どっぷりと絵本の世界に浸ることができるのです。それも、読み手との間に醸しだされる安心できるゆったりした空間の中で。

 ましてや幼い子どもたちが大好きな大人に読んでもらう時間がどれほど嬉しくて、楽しくて、安心できる時間であることか。幼い子どもが「もっかい読んで〜」と繰り返すのは、この居心地のいい時間にもっともっと浸っていたいということなのかもしれません。

 大人の皆さんでも心配や不安が大きい時は、気力や意欲が減退しませんか? そして問題が解決してくると、仕事がさばけたり効率よく動けるようになったりした経験をお持ちの方も少なくないと思います。安心できる環境ってとても大切だと思います。大人にも子どもにも。

  優しさ、意欲、思いやり……どれも、安心できる心のよりどころがあってこそ、育まれるものではないでしょうか。

  新しい環境で不安になった子には、どうぞ絵本を読んであげてください。ちょっと大きくなった子でも、本人が望むならぜひ。読んであげている大人自身にも精神安定効果があるようですよ。
(まつもと・なおみ)


松本 直美(絵本講師)絵本講師 松本 直美


スイミー

『スイミー』
(好学社)


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