こども歳時記

〜絵本フォーラム118号(2018年05.10)より〜

ほんの一言に込められた思い

 山々はもえぎ色にそまり、木々の梢に芽吹いたばかりの若葉が朝日を受けてキラキラと 輝いています。新緑の季節、思わず深呼吸をしたくなります。 進級・進学や就職、転居など新たなスタートを切られた方も多いと思います。 住み慣れた環境(居場所)から離れ、ワクワク、ドキドキの日々にも少し馴れ始めた頃でしょうか。大人はもちろん子どもたちにとっては、出会う人の一言で心が傷つき孤独を感じたり、反対に勇気づけられたりします。

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 今回ご紹介する『かかし』(シド・フライシュマン/文、ピーター・シス/絵、小池昌代/訳、ゴブリン書房)は、かかしと孤独な年老いた農夫(ジョンじいさん)と見知らぬ若者との関係が孤独から共感へ変化していく様子に引き込まれていきます。
 ≪ある日のこと、ひとりぼっちの 年老いた農夫が、古い布きれに わらをつめ、かかしを作りました。でも そのかかしには、頭がありませんでした。≫冒頭のことばです。鳥を追い払うためだけに作った単なるかかしが、ジョンじいさんにとって大切な友人に変化していきます。まず顔をつけ、毎日毎日家族と会話するように声を出して、無言のかかしに話しかけるジョンじいさん。かかしを大切に思う気持ちが少しずつ高まり、孤独な農夫の生活を一変させ、顔の表情も徐々に明るく変わっていく。そこへあらわれた見知らぬ孤独な若者。雄大な農園を背景に、かかしとジョンじいさん、ジョンじいさんと若者。知らず知らず心がふれあい、あたたかい時間が流れるようになっていく。雄弁なことばではなく、相手を思いやる気持ちから出る折々のほんの一言が孤独から共感へと変えていきます。ジョンじいさん、かかし、若者の表情の変化が描かれているあたたかい絵も魅力的です。

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 孤独は、独居者や高齢者だけではありません。たくさんの情報の中で悩みながら子育てする母親や、家庭に学校に居場所を求める子どもたちにもあると思います。
 ≪孤独は山になく、街にある。一人の人間にあるのでなく、大勢の人間の「間」にあるのである。≫哲学者の三木清氏は『人生論ノート』でこう記しています。人工知能(AI)やSNSなどの開発・活用が進むなか、リアルな人間関係がうすれてきているともいわれています。孤独をつくるのも人。孤独を解消するのも人。こんな時代だからこそ、顔と顔をあわせ、相手を思いやる一言をかわすことで、人と人との間に優しさや共感がうまれるのではないでしょうか。

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 ≪「はじめまして」……「ありがとう」……「がんばって」……「おめでとう」……「ごめんなさい」……「さようなら」……一秒に喜び、一秒に泣く。一生懸命、一秒。人は生きる。≫(『一秒の言葉』小泉吉宏/著、メディアファクトリー)    

(いけだ・かずこ)いけだ かずこ


かかし

『かかし』
(ゴブリン書房)


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