えほん育児日記
〜絵本フォーラム第119号(2018年07.10)より〜

さあ、山に登ろう! そして挨拶をしよう!

 

渡辺 敏子(絵本講師)

2年前のことです。主人が「富士山に登る!」と。そのトレーニングのために金剛山に登り始めました。最初、私は主人のお付き合いで登っていました。ところが登り始めると、四季折々の美しい山の姿、心地よい風、楽しげな小鳥のさえずり、きらきらと揺れる木漏れ日、時にはリスなどの小動物との出会いに私の心が躍るようになったのです。また、山頂では登る度に判子を押してくれます。子どもの頃のラジオ体操を思い出し、その数が増えていくのが何だか懐かしく嬉しく、いつの間にか一人でも登るようになりました。

渡辺 敏子 山ではすれ違う時に「おはようございます」と皆さんが挨拶を交わします。もちろん初めて出会う人とでも。私はこの挨拶が大好きです。挨拶を交わすことで人と人との距離がぐっと縮まるような気がしています。初めてお会いした方からも花の名前を教えていただいたり、何度か挨拶を交わしているうちに、「今日は一人?」「久しぶりやね、忙しかったの?」などと声をかけていただいたりします。そんなお喋りもまた楽しいものです。

 

  しかし日常生活の中では、知らない人同士が挨拶を交わすことはあまりありません。それどころか悲しい事件が起こり、子ども達には知っている人にも近づかないようにと教えなければならないというようなことも聞きました。とても寂しいことだと感じています。

 山に登らない私の母は「一人で登って大丈夫なの?」といつも何かあった時のことを心配しています。山にも危険はありますが、私は大丈夫だと思っています。それは何も起きないという自信ではありません。山に登る時、どんなに慣れた道でも緊張感はあります。しかし何かあってもきっと誰かが助けてくれると信じられるのです。そう、山には“挨拶”があるからです。自然の中で人と人とが優しく心地よく繋がっている感覚が持てるのです。

 そこで思うのです。今、子ども達は困った時には誰かが助けてくれるという感覚を持っているのだろうか? 私たち大人はそんな世界を子ども達に見せているのだろうか? と。しかし実際に事件が起きる中、何を信じ、どう守るのか。答えは見つかりません。このままでは不安が心にどんどん広がっていきます。

 人の心は対になって成長していくそうです。不安ばかりを感じていては、心は成長できません。人が心の成長を止めてしまったら、世界はどうなっていくのでしょう。悲しい事件が増えていくのではないでしょうか。どこかで安心を欲している私です。

  読み聴かせは、読み手と聴き手の暖かな繋がりの中で、心を揺さぶることが出来ます。“怒り、不安、恐怖”など不快な感情と“喜び、安心、愛情”などの快い感情の間を、守られた世界の中で自由に行きつ戻りつすることが出来るのです。心を育てることが出来るのです。だからこそ、私は絵本を読みます。一人でも多くの方と共に心を育て合いたいと願うのです。

“一隅を照らす”
 私の好きな言葉の一つです。世界中を照らすほどの力は私にはありません。でも私のいる場所なら照らすことができると思うのです。照らしたいのです。そして私もたくさんの人に照らしていただいているからこそ生かされている、この確かさが、感謝と安心に繋がっていきます。恐れや不安で自分を見失ってしまい、ひとりぼっちと感じることもありますが、人と人とが繋がっている感覚、これを呼び覚ましてくれるものが、山にも読み聴かせにもあると私は感じています。

 金剛山には1万5000回以上も登られている方がいらっしゃいます。皆さんもご一緒にいかがですか? もちろん、読み聴かせもね!
(わたなべ・としこ)

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