こども歳時記

〜絵本フォーラム124号(2019年05.10)より〜

日常の幸福を数えてみませんか?   (中村 利奈)

なかむら りな 青葉若葉の輝きに満ちた、すがすがしい季節ですね。辛かった花粉症も落ち着き、自転車を飛ばしていた外出も、散歩がてら歩いて行くのが楽しくなります。  通りかかった公園で、子どもを叱る大きな声が聞こえてきました。お母さんは懸命に叱っていますが、男の子はきょろきょろ、そわそわ。早く遊びたいのでしょうね。あのお母さん、きっとお疲れなのだろうなぁ。朝からのいろんなことが積もり積もって、とうとう爆発しちゃったのだろうなぁ。などと勝手に納得し、我が家のその頃に思いを馳せると、私が救われた1冊の絵本を思い出しました。『今日』(伊藤比呂美/訳、下田昌克/画、福音館書店)という本です。  

 《ほんとにいったい一日 何をしていたのかな》《でもこう考えれば、いいんじゃない? 今日一日、わたしは 澄んだ目をした、髪のふわふわな、この子のために すごく大切なことを していたんだって》《そしてもし、そっちのほうがほんとなら、わたしはちゃーんとやったわけだ》

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 日々の子育てと家事に追われ余裕をなくしているお母さんに、「大切なことをしているよ、それで大丈夫だよ」とやさしく寄り添ってくれる言葉に救われます。英語圏に伝わる、母親たちにエールを送る詩を伊藤比呂美さんが翻訳し、添えられた下田昌克さんの柔らかなタッチの絵が心を和ませてくれます。次々と山積みになる用事ばかりに目が向き、うつむきがちだった毎日に、明るい陽が差した思いでした。

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 以前、講師に呼んでいただいた「ママを楽しむ」ワークショップで、参加者の皆さんに子育て中の不満と喜びについて話し合ってもらいました。お風呂にゆっくり入れない、ショッピングに行けない、友達とゆっくり食事もできない、などの不満が上がりましたが、喜びについてもたくさんあがりました。季節の移ろいを感じるようになった、他人からの親切が身に染みるようになった、いろんなタイプの人と子育てを通じて付き合えるようになった、親への感謝を感じている、絵本の楽しさを知った、などなど。お子さんと束の間離れ、慌ただしい日常にじっくり目を向けてみることで、隠れていた思いが様々な言葉になり現れました。「辛いこともあるけれど、嬉しいこともたくさんあるのだと実感できてよかった」と、皆さんの明るくなった表情が印象的でした。

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 この時期は、春からの生活の変化や緊張感がひと段落し、疲れが出る頃でもありますよね。人は疲れてくると視野が狭くなり、辛いことばかりに意識が向いてしまいます。ですが、幸福を数えたら、すぐ幸福になれる≠ニモンテスキューの言葉にもあります。この爽やかな季節を楽しみながら、日常の幸福を、共に数えてみませんか?
(なかむら・りな)



アリーテ姫の冒険

『今日』
(福音館書店)


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