こども歳時記
〜絵本フォーラム第52号(2007年05.10)より〜
いろんな出会いの中で自分を知る  

  私の通う歯科医院には、小児歯科と同じフロアに地域でも珍しい障害者歯科があります。
  娘の治療中に待合室で本を読んでいると、中学生ぐらいでしょうか、知的障害と思われる男の子が何か奇声を発しながら私の前を行き来し始めました。
  最初は気になりながらも本を読み続けていましたが、そのうち私の隣で立ったり座ったりしているので、思わず「絵本読んであげようか?」と声をかけました。
  実はその時、私は「言ってもわからないだろう」と思っていたのです。
  ところが、彼はパッと立ち上がると本棚から絵本を取り出し私に手渡しました。
  私は意外な成り行きに驚きながらも嬉しくなって短い絵本を2冊読み(どちらも彼が選んだ本です。
  私の選んだ本は却下されてしまいました!)彼は立ったり座ったりしていましたが、ずっと嬉しそうに聞いてくれました。
  そして彼が帰ったあとで、「絵本の力ってすごい!」と感動で胸がドキドキしている反面、「言ってもわからないだろう」と思った自分が恥ずかしく、情けない気持ちでいっぱいになりました。
  子どもたちには「障害のある人もない人も同じ人間よ。外見で人を判断してはダメよ。」と話していた私自身が外見で判断していたのです。
  名前も知らない彼とのわずか 10 分の時間が、私に「同じ人間なんだよ」と実感させてくれたようでした。


『ぼくのお姉さん』
(偕成社)
生きることの意味

『早期教育と脳』
(光文社新書)
 

 障害を持つ子とその周囲の人たちとの出来事を描いた物語集『ぼくのお姉さん』(丘修三/著、かみやしん/絵、偕成社)という本があります。
  養護教諭の著者は、この本の中で「差別はいけません」という教訓めいたことはひとつも書いていません。
  ですが、障害を持つ子とその家族、周囲の人々の苦労や葛藤、そして幸せを5編の物語の中でリアルに描いています。
  障害を持つ子たちの精いっぱいの生き方とそれをゆっくりと見守る家族の姿は、些細なことでよその子と比べてはわが子を追い立ててしまう私に「のんびり行こうよ」と語りかけているようでした。

東京女子医科大学教授の小西行郎氏は著書『早期教育と脳』(光文社新書)の中で「障害を持つことで、人生が幸か不幸かという問題はあります。
  障害を持つ子の親の苦労は私たちの想像を遥かに超えるものがあります。しかし、周囲の人間に強烈な影響力を与える彼らの存在は、IQや学力だけではけっしてはかることのできない生きることの意味を実感させるものであり、人間の発達のすごさを感じさせてくれるのです」と書いています。
   「できないこと」から出発する教育は「できることがすべて」の教育に疑問を投げかけ、また「自分らしく生きる」とはどういうことかを、教えてくれているのかもしれません。

(はまもと・かおり)


前へ次へ