えほん育児日記
〜絵本フォーラム第65号(2009年07.10)より〜

未来を創るのは子どもではなく、その子どもを育てている大人です

舛谷 裕子(「絵本で子育て」センター・はばたきの会副会長)

 幼い頃より、絵本に囲まれて育ちました。一番古い絵本体験の記憶は、 2歳か3歳の頃で、まだ幼稚園に通っていなかったとき、兄の名前を書いてある『おおきなかぶ』(A・トルストイ/再話、内田莉莎子/訳、佐藤忠良/画、福音館書店)を私のためだけに母に読んでもらったことです。お部屋が薄暗くなり始めるころでした。母の力のこもった《うんとこしょ どっこいしょ》のかけ声が昨日のことのように思い出されます。たくさんの絵本を家族に読んでもらい、たくさんの思い出があります。小学1年生の頃、兄に『にんぎょひめ』を読んでもらい、にんぎょひめにも幸せになってもらいたかったと兄を困らせたことも懐かしい思い出です。あたりまえのように絵本のある生活をし、家族の会話に絵本の登場人物が加わり泣いたり、笑ったり今でも色あせることのない記憶です。

 2006年に「絵本講師・養成講座」と出会い、多くの学びと気づきがありました。それまでの私は、自分の知識や体験は家庭や学校、社会から自ら学びとったものだと思っていました。それこそ、一人で大きくなったような気持ちになっていました。また、私には父母に怒られた記憶があまりありません。素直に父母の言いつけを守るからだと自負していましたが、それは間違いでした。ここで学ばせていただくことで「絵本で子育て」した母は私を優しく導いたのだと理解することができました。とにもかくにも絵本好き、読書好きにしてくれたのは母や家庭環境であったことに気づかされ感謝の気持ちでいっぱいになりました。私が「読んで〜」と絵本を持って行くと、誰かが必ずその場で読んでくれました。自分の手を止めて最優先で私のために読んでくれました。私はそれを当然のことのように思っていましたが、そのことが私の自尊感情、自己肯定感を強く持てることにつながったと知ることができました。

 受講するまでは「絵本って楽しいよ。私は絵本が好きなの」と漠然としか絵本の良さを伝えられませんでしたが、今は自信を持って「絵本で子育て」の素晴らしさをお伝えすることができます。もちろん、絵本だけ読んでいればいいということではありませんが絵本を介し、家族だけの素敵な思い出ができます。遊園地に行って楽しかったとか、動物園に行って楽しかったという思い出もたいせつです。しかし、絵本には計り知れないたくさんの要素が詰まっていると思えてなりません。子どもの人格形成だけではなく、親子のあるいは読み手と聞き手の心の交流があります。子どもも読んでくれている人の気持ちを深く理解することができます。

 成人した後でも父母に読み、時には子どもたちと一緒に読んでもらっていました。子どもが生まれたとき母に椋鳩十先生の本を読むように薦められました。多くは語らず「読んだらいいよ」といわれました。母は椋鳩十先生の講演を何度か聴講していたようです。母は「絵本で子育て」することのたいせつさを椋鳩十先生の講演から学んでいました。今更ながら両親の子育て感を知ることができ感謝しています。父母に「たくさん絵本を読んでもらってよかったよ」といったことがあります。はっきりと“ありがとう”とはいえませんでしたが、それからことあるごとに父母に「裕子がいてくれてよかったよ。ありがとう」といってもらいました。こんな年になって、そんなこともいってもらえるのはやはり絵本があったからです。家族の真ん中に絵本がある。絵本を介し、たくさんの会話がうまれる。それは、ここにこうして生きてきた確かな家族の証しです。たくさんの思い出があれば、明日も元気に生きていけます。私も子どもたちに絵本からのたくさんのメッセージを伝えていきたいと思います。そして、子育てに悩んだり、苦しんだりしている方のほんの一瞬の笑顔をみるために絶え間なく活動していきたいと思っています。友人の中には毎日、公園で子どもと遊んで家事をして、同じ事が繰り返される単調な日々に嫌気がさし、「もっと、アカデミックなことがしたい」という人もいます。ある友人は「子どもを育てること以上にアカデミックなことはない」「一人の人間を創造することは世の中のどの仕事よりも重要だ」といいます。どちらの気持ちもよく分かります。

 子どもは国の宝だといわれます。その宝を育てるのは私たち大人です。未来を創るのは子どもではなく、その子どもを育てている大人です。どんな未来を創るのか、どんな社会を望むのか、今の自分の生き様で決定されるような気がしてなりません。多くは望みたくはありません。ただただ人が人として、優しく笑っていられる未来であってほしいと思います。平和で幸せなときに、何に重きを置いて生きていくのかは、一人ひとり違うと思います。美味しいものが食べたい、流行の洋服を着たい、いい大学に入りたい、高収入を得たい。しかし、甚大な災害や戦争に巻き込まれたらどうでしょうか。怪我をしたくない、穏やかに暮らしたい、生きていたい…生まれてきてくれてありがとう。愛し、たいせつに育ててくれてありがとう。平和で幸せなときだからこそ忘れたくない気持ちです。これからも、この気持ちをコアとし絵本講師の活動を続けていきたいと思います。 (ますたに・ゆうこ)

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