えほん育児日記
〜絵本フォーラム第69号(2010年03.10)より〜

声にのせよう ことばとこころ

池田 加津子(絵本講師)

ママがぼくのほっぺを触りながら「ぷくぷくね」

とほめてくれたのでほめ返した。

「ママのおなか、ぷにゅぷにゅね」

(朝日新聞より)

 ある日、新聞を読んでいますと、こんな文章が目に飛び込んできました。ご存じの方も多いと思いますが、子どもの何げない一言を集めた朝日新聞生活面『あのね』のコーナー。思わずにっこり。 3 歳の男の子とお母さんの会話です。

 タイトルは、「ママとの至福のひととき」。短い文章の中に暖かい親子のふれあいを感じます。「ぷくぷくね」「ぷにゅぷにゅね」の表現が素敵です。きっと毎日、たくさんのことばのキャッチボールをしているのでしょうね。

 私たちが何げなく遣っている「ことば」に魅せられ、朗読、読み聞かせなどの活動を続けてきました。

 そして、そのことばを通してのコミュニケーション、ことばの大切さを再確認することができたのが、「絵本で子育て」センターとの出会いでした。

 その出会いは、 2005 年 3 月。

 「絵本講師・養成講座」第 2 期受講生募集の新聞記事でした。

 毎回、ワクワクしながら講師の先生方のお話を聴かせて頂き、素敵な仲間との出会いがありました。知れば知るほど知らないことの多さに驚きながら、好奇心を忘れないように現在に至っています。冒頭の親子の会話。こんな素敵なコミュニケーションはどうしたら生まれるのでしょうか。こんなことを考えながら、子どもの力・子どもをとりまく大人の役割を見つめなおしてみようと思います。

 ネット社会になり、上司と部下がメールですべてのやりとりをし、人の声が消えた会社があると聞きました。確かにメールは便利です。でも生のコミュニケーションがもつ温かいぬくもりが欠けてしまいがちなのでは‥‥。親と子の関係がこのようになってしまったら‥‥。ことばが消えてしまったら‥‥。

 今、若者(子ども)のコミュニケーション・スキルの不足が問題になっています。すぐ「キレル」子どもが増えているとのこと。「キレル」と「怒る」は、違うのだそうです。

 「キレル」は、表現する言葉を失ったときの状態で、人間関係を完全にきるためにするもの。

 「怒る」は、言葉で自分の感情を表現することで、人間関係を築き、つなぐためにするもの。 (辛淑玉『怒りの方法』 / 岩波新書より)

 昔を振り返ると、子どもを取り巻く大人が、怒ることだけでなく、たくさんのことばのシャワーを浴びせていたような気がします。

 このことばのシャワーこそ、現在社会に求められていることなのではないでしょうか。「 KY (空気よめない)」「きしょい」「めちゃ」など若者言葉といわれる言葉をよく耳にします。若者たちがこの言葉を遣うもっとも大きな目的は、「仲間意識を持ちたい」だそうです。

 そんな若者の言葉を理解しつつも私たち大人は、大人のことばを遣っていきたいですね。絵本の中には、素晴らしい「ことば」があふれています。

 相手の立場を考え、相手を思いやりながら、自分なりのことばで、大人も子どもも自分の思いを口にすることができたら、きっとそのことばは、人の心に届くはずです。ことばは、「生き物」。味も香りも温度もあります。それを生(なま)の声で伝えることで心と心がつながり、人と人の絆が生まれるのではないでしょうか。

 絵本講師として、いろいろな方との出会いがあります。

 その中で「朗読ボランティア・読み聞かせ」をされている方、あるいは、これからされる方にお話する機会がふえてきています。そんな時、初めに必ず「ご自分の声は好きですか」と質問します。

 殆どといっていいほど、「嫌いです」という答えが返ってきます。世界でたった1つの自分の楽器。まず好きになってください。とお願いします。そして私自身、読み聞かせをする時に必ず心がけていることをお話しています。

 それは、聞き手と一緒に読み手も楽しみましょう。聞き手の息づかいを感じながら読みましょう、ということです。そしてもう一つ。本選びの時、聞き手の顔を想像しながら選ぶこと。

 最後に、私が出会ったとても素敵な「おはなしの会」をご紹介したいと思います。そのグループは、ある市が主催した「ボランティア養成講座」(「絵本で子育て」センターが担当)の修了生が結成した「おはなしの会」です。

 ご縁があり、そのグループで講座をさせて頂きました。まず驚いたのが、メンバーのみなさんの目の輝きでした。そして今年またお会いして、前回にも増して熱心なみなさんに嬉しくなりました。

 もともと絵本に興味があった方々だと思いますが、絵本へのワクワク感、作者への思い、そしてなにより、読み聞かせをされている親子さんのことを嬉しそうに話してくださいました。人と人とのつながり「絵本のちから」を改めて感じた瞬間でした。 (いけだ・かずこ)

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