絵本のちから 過本の可能性

「絵本フォーラム」70号・2010.05.10

私の活動を支えてくれる出会い
宇都宮 香(東京 6期)

 1967年富山県生まれ。株式会社うつのみや(本社・石川県金沢市)絵本事業促進担当。同社の各店舗や、病院・幼稚園・保育園などで読み聞かせ会活動を始めて今年で11年目。中学3年・中学1年・小学1年の2男1女の母。



  去る 3月20日(土)。まさに春到来を実感する麗らかな陽気の中、東京会場にて「絵本講師・養成講座」の修了式を無事迎えることができました。今は、ホッとすると同時に、これからの活動に思いを巡らせ、改めて気持ちの引き締まる思いでおります。

 我が家は金沢市に本社のある「うつのみや」という書店を営んでおります。 10年前、子ども読書年の制定をきっかけに、私が友人の協力を得て、弊社本支店での読み聞かせ会活動を始めて丸10年が経ちました。

10年間の間に、たくさんの親子に出会いました。「より良い絵本との出会いが欲しい」と意欲的に参加する親子がいる一方で、「子どもが読み聞かせに参加している間、お友だちとおしゃべりできるから」「もう文字が読めるのだから、家では読み聞かせはしない」そんな親子が急速に増えていると実感しています。また、一見熱心に見えながら、実は、絵本を読むこと=知育の一環としてしか捉えられず、目に見える成果・知的即効性をあからさまに求めてくる親の存在にも、日々頭を悩ませています。

 「なぜ、私たちは本を読み、絵本を読み聞かせるのか」この本質について系統立てて学び、《絵本の世界の伝え手》になりたい。そんな願いを持って、私は第 6期「絵本講師・養成講座」に臨んだのでした。

 子どもたちを、主人と同居の義母に頼んでの上京。ある時は塾の送迎を終えてから夜行列車に飛び乗ったこともありました。ある時は家族が入院し、首都圏に住む義妹を金沢に呼び寄せることもありました。決して楽な受講とは言い難いものであった分、ひとつでも多くの学びをしなくてはという意欲に満ちて、毎回東京会場に向かったことは忘れられません。

 学び始めてすぐ、「読み聞かせの本質は親子の心の触れ合いにある」という私の考えは誤ってはいなかったと喜んだのも束の間のこと。カリキュラムが進むにつれ、「物質的情報的には恵まれながら精神的飢餓感の強い現代の子育てを、社会環境全体から捉え直し、読み聞かせの効用を実生活に取り入れさせるための戦略を立てねばならない」ことを思い知ります。すると、無意識のうちに忘れようとしていた、読み聞かせ会での手痛い失敗や後悔。そして何よりも、幼稚園・小学校・中学校に通う 3人の我が子の育ちや問題について、目をそらさず、謙虚に向き合わざるを得なくなりました。真剣に学びを重ねれば重ねるほどに、現実の自分自身に立ち返らねば、机上の空論の虚しさが残ってしまうのです。

 「絵本講師は、ただ絵本について詳しい人では務まらないのだ。講座の聞き手にも、自分自身にも、真摯に謙虚に対峙できる人のみがふさわしいのだ」この事実は、学ぶ中での最大の苦しみであり、学べたからこそ実感できた、最大の喜びであったのかもしれません。

 受講生の皆さまなら、どなたもが味わったであろう《修了リポート》の大変さもひとしおでした。書き始めた当初は、 1年間の学びを通して訴えたいことがはっきりしておりましたので、随分サクサクと書き進められました。しかし、「書いている文章を読んでいても、一見、破綻したところは見当たらない」 と言うことは、「自分の思い込みで論を展開していて、違った角度からの検証が足りていない」ということになります。 途中で筆を止めて、考え込むことが多くなりました。 このまま仕上げれば、確かに45分間の講義は成立しますが、これを元に90分フルバージョンをやった場合、どうなるかについても何度も考えました。 子育てに家事にお仕事に忙しい方が、わざわざ90分も時間を作ってお聞きくださるに耐えうる内容のものを、私にできるのだろうか? 長時間聞いていても飽きない内容になっているのだろうか? 書いては消し、消しては書き、ようやく仕上げることができたリポートは、一生の宝物です。

 それにしても、一口に「絵本」と言っても、なんとその数の多いことでしょうか。私も子育てや読み聞かせ会活動などを通して、それなりに多くの絵本を読んできたつもりですが、網羅したとはとてもとても言えません。むしろ、読み聞かせ会活動で出会ったお母さんの中には、私よりもずっと多くの絵本を読了している方もいらっしゃいます。しかし、

「なんのために、どのように、どんな絵本を読み聞かせたらよいのか」このことをきちんと判っているか否かで、読み聞かせが持つ意味合いは大きく変わってくることは言うまでもありません。

 書店業を営んでいますと、誰もが認める良い絵本の他にも、知育を前面に押し出した絵本、キャラクター絵本、ボタンひとつで音声が流れる絵本、また、特におじいちゃん・おばあちゃんがお孫さんへのお土産にとよく買っていくアニメ調のむかしばなし絵本など、雑多な絵本を扱わざるを得ません。これら《駄菓子絵本》に振り回されないように、こころの主食となる良い絵本を説得力を持ってお勧めすることも、私の大切なお仕事です。

 講座全般の講師陣の豪華さに惹かれて受講を決意したのは事実ですが(そして実際に、講義ひとつひとつの内容の濃さに大満足したのですが)、森理事長先生のお声掛け、藤井先生の細やかな添削とご指摘、同窓のみなさまとの交流は、かけがえのない思い出となってこれからの私の活動を支えてくれることと思います。本当にありがとうございました。

絵本講師として、これから少しずつでも着実に、読み聞かせの世界の素晴らしさ・奥深さを伝え歩いて行きたいと思います。


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