こども歳時記

〜絵本フォーラム78号(2011年09.10)より〜

自分だけの「ちいさな いえ」

 夕方の風に涼やかさを感じるようになりました。長かった夏休みには故郷へ帰省された方も多いでしょう。

 一人では近寄れなかった土蔵。家中どこに居ても聞こえてきたボンボン時計。立ち上る蚊取り線香の煙。いとこ達と駆け回った広い座敷……。

 お盆や正月にいとこ達と遊んだりお泊りしたりしたのもわくわくしたのですが、普段、一人でおばあちゃんちの二階に上がるのも好きでした。二階は物置のようになっていて、そこで私は、古いベッドでトランポリンをしたり、窓から瓦屋根に出てどこまでいけるか試したりしていました。誰もいないおばあちゃんちの二階は、いつもと違う時間が流れる場所でした。そして、階下のボンボン時計が鳴って空気が大きく揺らぐと、はっと我に返り、急に心細くなって祖母のもとへと駆け下りたものでした。

 『あなただけの ちいさないえ』(文:ベアコリス・シェンク・ド・レーニエ 絵:アイリーン・ハース 訳:ほしかわなつよ 童話館出版)に出会って、小学生だったころの私が自分だけの「ちいさないえ」を持っていたことを思い出しました。

 「ひとは だれでも、そのひとだけの ちいさないえを もつひつようがあります。(中略)いろいろなところが、ひみつのいえになります。あなただけの ちいさないえになるところは、たくさんあります。(中略)あなたが、あなただけのいえに いるときは、だれも、あなたに はなしかけたりしないでしょう。だれでも、あなたが ひとりでいたいと おもえば、あなたを ひとりにしてくれるでしょう。」

 ほかの子どもたちと一緒に過ごす楽しさや家族や地域の人など大人と一緒に過ごす安心感など、他者とつながることの温かさを知っているからこそ、一人になれることのよさが際立つのではないでしょうか。そして、大人であっても自分だけの「ちいさないえ」は必要です。

 大人になった私は、時々「ちいさないえ」の中で故郷のことを思います。故郷〜子ども時代を過ごした町や村、暮らした家、家族、友人、地域の人々〜が、成長の過程でどれほど心の支えになっていたことか。多くの人々に見守られて子ども時代を過ごせたことに、故郷を離れてからしか気づけません。子どもたちにとっては、今を過ごすこの場所や地域の人々が、成長した後に思い浮かべる故郷になるのでしょう。今の何気ない毎日が後に心のよりどころとなる子どもたちのため、大人は何ができるのでしょう。

 小学生の娘が、二つの椅子にタオルケットを掛けて「いごこちのよい いえ」を作っています。彼女たちにとっては、芝草の上に座って草をいじるのも、本を読みふけるのも、「いごこちのよい いえ」に居るのと同じです。

 「もし あなたが、だれかの ちいさないえのそばを とおるときは、わすれないでいてください。とても れいぎただしくすることを、そっとあるき、おだやかに はなすことを。」

 人は誰でも、自分だけの「ちいさないえ」を持っています。そのことを、尊重しあえる世の中であってほしいと願います。 

岡部雅子(おかべ・まさこ)


『あなただけのちいさないえ』
(童話館出版)

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