たましいをゆさぶる子どもの本の世界

 

「絵本フォーラム」第81号・2012.03.10
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現在への箴言か、語られる盛者必衰の理。

『絵巻平家物語 清盛』

 年初よりスタートしたNHK大河ドラマ「清盛」を観つづける。毎日曜に放映される一年間もの長丁場の番組だ。業界雀が立ち上がりの視聴率がいま一つだと非難したり、描かれ方が薄汚いとどこかの首長が言いがかりをつけたりとピントのはずれたヤジが飛ぶのも、それだけ大掛かりな国民的番組だからだろう。ドラマは平安時代、上皇・法皇が実権を掌握した院政期を舞台とする。院の専制権力を武力で下支えした武士団である平氏一族の盛衰を平清盛の生涯を軸として描いていく。こののち清盛像がドラマでどのように描かれていくのか楽しみにしたい。

 で、ここでは絵本が語る清盛のはなし。木下順二・瀬川康男『絵巻平家物語』(全9巻)は古典「平家物語」(著者不詳)を物語の典処にする。そこに登場する特異な人物九人を木下順二が抽出して綴り、瀬川康男が岩彩で描く。清盛の父・忠盛を第一巻に清盛は第五巻に配される。実は、ぼくはこの『絵巻平家物語』を担った編集人である。

 絵本『清盛』は1179(治承3)年11月、清盛が軍勢を率いて京都に入る、いわゆる清盛のクーデターといわれる場面から書きおこされる。この平氏独裁政権を樹立したかにみえる政変の前後二年、つまり平家追討の陰謀が企てられた鹿ケ谷事件から清盛が熱病で死ぬ1181(養和1)年2月に至る四年間ほどの物語。清盛晩年のことだけしか描かれない。

 木下順二によると、栄華の絶頂にある平氏や清盛の実際は他巻にゆずり、『清盛』巻では驚くほどの短期間でのし上がった清盛の全盛期を築くまでに行った無理や無法に対する報いが自分に跳ね返って六十一歳で壮絶な死を遂げる痛苦に充ちた数年間だけを書く。そこに清盛の本当の人生や人間性が見られるからだという。< …驕れる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し >。 盛者必衰の理というのだろうか。
 なかで、清盛とその子重盛との関わりは興味深い。父清盛の暴虐を必死に諌める子重盛が語られるのだ。暴君清盛と賢明な忠臣重盛とを対極にして語るのは何か。ただ、重盛の諌めを傾聴する父の姿は作者が子重盛への優しさや思慮深さを清盛という人物のなかに認めていたということにならないか。実際、絵本でも重盛が病に伏し医薬を断って四十二歳で死ぬと、心細くなり屋敷にこもる清盛が描かれる。
 はげしい熱病に苦しみ死ぬ清盛の最後の描かれ方はものすごい。まるで地獄絵だ。平家物語は人物・所業を大変誇張して語るが誇張される語りが読者を魅きつける力にもなっているのだからなかなかである。

 平家の世界は、何やら混迷日本の現在をなぞっているようでもある。朝廷政治・院政から武家政権に転じていくこのころ、世は権力争いの政局ばかり。民に供する政策の実際はほとんど目に見えない。< 天下の乱れむ事をさとらずして、民間の愁ふる所を知らざっしかば、久しからずして、亡じにし者どもなり > 平家物語が語る言葉は痛烈ではないか。

 木下順二、瀬川康男。二人ががぶりと組む絵本創りは苦しみながらの難産ではあったが、格調ある語り日本語で綴られたテキストと、激しい筆力で迫り装飾豊かな線や形を絢爛深遠な岩彩色で描ききった絵画で傑出した現代絵巻となっている。

『絵巻平家物語 清盛 』
( 木下順二/文、瀬川康男/絵、ほるぷ出版 )

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