小出裕章講演録


子どもを愛するすべての人へ 4

   

 
    小出裕章(こいで・ひろあき)
◆1949年、東京生まれ、東京育ち。高校生の頃、人類の未来は原子力の「平和」利用によって築かれる、そして「唯一の被爆国」である日本人こそが「平和」利用の先頭に立たなければならないと固く信じるようになる。1968年、嫌いな東京を離れ、東北大学工学部原子核工学科に入学する。その後、大学闘争と出会い、細分化された学問の実態に接することなどにより、自分の思い込みが誤りであったことを思い知らされる。
◆1974年に京都大学原子炉実験所助手になる。現在、同助教。
◆著書に『隠される原子力・核の真実|原子力の専門家が原発に反対するわけ』(創史社・2010)『放射能汚染の現実を超えて』(河出書房新社・2011)『原発のウソ』(扶桑社・同)『原発はいらない』(幻冬舎ルネッサンス新書・同)など多数。
       

 

 

 

 

 

 

 


          福島原発事故の本当の被害の大きさは?

 本当にいったいどれほどの被害が今、生じているかというと、もし日本の法律を厳密に適用するなら福島県全域に匹敵するぐらいの土地を失うんです。こんな被害は戦争が起きても、起こらない。戦争で負けたって、国破れて山河あり、ちゃんと土地はあるのです。そこで人々は生きられたけれども、福島の原発の事故はそうではない。こんな被害をいったいどういう風に評価していいのか私には分からない。でも、日本の国はもうだめだと、自分が決めた法律も何ももう守れないし、守らないと宣言したのですね。一年間に20ミリシーベルトという被曝を超えるようなところはまあ避難させるけれども、そうじゃないところはもう人が住んでいいといって、先日は緊急時避難準備区域というところに人々を帰すというようなことを始めたわけですね。19・9ミリシーベルト被曝したってもういいといって見捨てたわけです。被曝をみんなが強制させられる、そういう中で福島の人たちは今、生きているわけだし、農業を続けている人も酪農を続けている人もいます。もちろん、残念ながら彼らが作ってくれる食べ物は汚れています。彼らは被曝をしながら自分の仕事を今、続けているわけだけれども、彼らが作った食べ物は汚れています。みなさん、どうしますか? たくさんの福島県産という食べ物が出回ってくると思います。一部は産地を偽装して福島という表記を消して別の産地に書き換えてくるかもしれないけれども、出回ってくる。必ずくるのですね。そして、私は放射能を食べたくありません。みなさんだって食べたくないですよね。私は誰にも食べさせたくない。でも、そういうことをもし思って、それだけに従って私たちが行動したならば、福島の第一次産業は崩壊する。なんとか私はそうさせたくないのです。この話はまた後でもう一度するとします。でも、いずれにしても福島の第一次産業の崩壊を食い止めるということは、私は大変難しいと思う。みなさんも含めて決して福島のものは食べないという選択をするならば、そうなれば福島の人たちの生活は崩壊していくことになります。こんな被害をいったいどうやって賠償するかということですけれども、賠償できっこないじゃないですか。

                   ◆   ◇   ◆
 
 東京電力というのは、たぶん日本最大の会社です。経済界に君臨して、マスコミでもなんでも全部を支配下に置いて、自分の都合のいい宣伝だけを流させて、原子力発電所は安全だと日本中のみんなに思い込ませてここまできた巨大な会社です。トップの人たちがいったいいくらの給料をもらっているのか知りませんが、たぶん私なんかがうかがい知ることのできないほど巨額な給料をもらいながら、東京電力の末端の社員だって高給をもらいながら今日までやってきた。そして今、事故が起きた。私はこの会社は、絶対に倒産させたいと思う。でも、倒産したら困る人たちがいるのですね。大銀行であるとか、東京電力からこれまでうまい汁を吸わせてもらってきた政治家だとか、そういう人たちが今どこまでの賠償を東京電力が持って、どこからを国家が持つかというようなことをやろうとしていて、線引きを委員会で審議をしているということなのですね。私は、そんなふざけたことはするな、とにかく東京電力に全部賠償させる、それで潰れるなら潰せ、その上で足りなければ国家がやるしかない。でも、国家がやったところで国家が潰れてしまうほどの被害だ。こういうことを誰もいわない。日本の国はいわない。東京電力はもちろんいわない。マスコミもいわない。なんとなく事故はもう収束しているのですよ、というような報道を流して、放射能はもう大したことはありませんというような感じでたぶんそういう宣伝を流しながら、日本人の多くは、ああ、なんだ大丈夫だったんだなと、特に関西に住んでいる私たちなんかは福島のことなんか何の関係もないというような顔をして毎日生活しているということになってしまわないように、私は、もっともっと国家というものが、きちっとこの被害というものをみんなに伝えて、これから本当にどうしたらいいのか、何ができるのかということを考えなければいけないと思う。どんなに間違えても原子力をもう一度やるなんていう選択はしないで欲しいと思うのですが、残念ながら今の日本の国は、安全性を確認してもう一度原子力発電所を動かすなんていう、たわけたことをいっている政治家ばかりですね。一般の人々も、停電したら嫌だからやっぱり原子力は必要かな、なんて思う人がほとんどという、そういう国のようです。本当にまあ困ったことだな、と私は思います。


        騙されたことの責任はなにがしかあると思います


 世界は変わってしまいました。私は8月に女川に行く前に、福島を通って行きました。東京から新幹線に乗りました。新幹線の車内には何十席もあって乗客がたくさん乗っているんですね。私も一人の乗客として新幹線に乗りました。そして、私と一緒に行った人が、自分が持っていた放射線の感知器のスイッチを入れたんです、東京駅のホームで。東京駅だって放射能で汚れているわけですから、放射線の感知器が1秒1分間に何カウントというような表示を始めました。そして、新幹線が東京駅のホームを滑り出して時速100キロだか200キロだかで走っていく。でも、その間も大地から放射線が新幹線の車体を貫いて客席に届いているわけですから、刻々と放射線を数えながら走っていくわけです。福島に着くに従って、そのカウントがどんどんどんどん上がっていく。福島駅のホームに滑り込んだ頃には、東京駅のホームの10倍のカウントに。つまり線路も何も全部汚れていて、放射線が車内に突き刺さってくるという、そういう状態なのです。でも、放射線は五感に感じられませんから、新幹線の車内にいた私たち以外の誰もそのことに気付かない。知らん顔して福島に着いて、降りていく。福島駅で降りれば、そこで人々が普通の生活をしている。子どもたちもいるという、そういう状態なのですね。

                   ◆   ◇   ◆

 今や人々が普通に生活する場所が、放射線管理区域以上に汚れてしまっています。もし、福島で生きて被曝をするのが嫌だと思うなら、今日みなさんが入った放射線の管理区域に逃げ込んでください。あそこのほうがはるかにきれいです。そういうことに既になってしまった。土地はもちろんさっき見ていただいたように汚れています。そこで出てくる食べ物ももちろん汚れている。今、問題になっているがれき。厖大ながれきがあってどうしていいか分からない。それぞれの自治体にとにかくばらまいて、それぞれの自治体で始末をさせようと今、国が画策をしています。ですからみなさんのお住まいの自治体にもきっとがれきが回ってくる。その放射能をいったいどうやって私たちがこれから抱えていかれるかという大問題があります。下水の汚泥もそうです。汚染したものは私たちが食べれば下水に流すんですね。下水処理場で水をきれいにする。水をきれいにするっていうことはどういうことかというと、水の中に入っていた放射性物質を汚泥に残すという、汚泥は猛烈な汚染ですよ。それを今どうしていいか分からないということで各自治体が頭を抱えている。みんな放射性物質と呼ばなければいけない、日本の法律に従えば。それほどのものができてしまっている。もう私たちは放射能から逃れることができない。3月11日で私は世界は変わったと思っている。大変みなさんに対しては申し訳ない、こんな事故を防げなかったことを原子力の場にいる一人の人間として申し訳ないと思いますけれども、でも事故は既に起きてしまった。世界は変わったと思っていただく以外にないと思います。そういう中でどうやって私たちが生きていくのか、私は少なくともみなさんより重たい責任があると思います。原子力の旗は振りませんでしたけれども、原子力の場にいる人間ですから、重たい責任があると思います。でも、みなさんにしたってこれまで原子力を許してきた。この日本という国に54基もの原子力発電所を許すまで特に何の注意も払わないまま来られたんだと思います。それは日本の国家と、電力会社を中心とする巨大企業、マスコミが原子力発電所は絶対安全だという間違った宣伝を流してきたからです。みなさんに責任があるとは私は思わない。思わないけれども、でも、みなさんは騙された。国や電力会社に騙されました。でも、騙されたことをただ騙されたといって知らん顔をするなら、また次に騙されることになる。騙されたことの責任というものはやはりなにがしかあると思いますので、みなさんも含めて今日のこの原子力発電所を日本に許したということの責任をどうやってとるかということを、これから考えてほしいと思います。


  私のやりたいこと……子どもを被爆させない 第一次産業を守る


 私がやりたいことは2つです。1つは、子どもを被曝させないということ。子どもたちにはこの事故を招いた責任がまったくありません。原子力発電所を許してきた責任もない。事故を起こした責任もない。そして、子どもというのは今日は詳しく話せませんが、放射線の感受性が高いです。普通の平均的な人間に比べると4倍も5倍も高い。私は既に60歳を超えていますが、私なんかから比べれば子どもはもう何百倍も危険度が高い。そういう生きものなのです。何としても子どもの被曝を守るということをこれから私たち大人がやらなければいけないと思っています。
 それからもう1つは、第一次産業を守るということです。原子力発電所というのは、かれこれ何十年も日本という国は、第一次産業よりも工業だと、それで輸出して金を儲ければ豊かな国になれるといってやってきたわけですね。その象徴が私には原子力発電だと思えます。その原子力発電所が事故を起こしたときに、ますます第一次産業を崩壊させるようなことに手を貸してしまえば、もう私たちの国は立ち直ることができなくなると私は思います。農産物も酪農産物も大変な汚染です。私は食べたくないけれども、でも食べたくないといって拒否して第一次産業を潰すということは、決してやってはいけないと思っていますので、福島県の農産物、第一次産業が出してくるものを私は食べようと実は思っています。今日この会場にも私と同じ程度のお歳の方もいらっしゃるので、そういう方には私と一緒に放射能で汚れた物を食べてくださいとお願いしたいと思っています。まあそんなことをいってみなさんから私は怒られ続けているし、たぶん私の願いは届かない。そして、福島の第一次産業は崩壊するんじゃないかなと私は危惧していますが、なんとしても子どもたちにはきれいなものを与える。子どもたちにきれいなものを与えるということは、残った汚染物は大人が食べるということでしかないのです。そういう選択になっているということをみなさんにも分かってほしいと思います。これだけにします。終わります。

 * 絵本講師の会(はばたきの会)の有志は '11年10月11日、京都大学原子炉実験所を訪ねました。廃棄物処理棟、研究用原子炉を見学の後にうかがった、小出裕章先生の講演録です *

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