えほん育児日記

えほん育児日記   えほん育児日記

~絵本フォーラム第89号(2013年07.10)より~  前編

 4月末、GW前半の休みを利用して、東北三陸沿岸を訪ねました。あれから一ヶ月半経った今も、そこで見た光景は心の中に重く留まったまま、なかなか気持ちの整理がつきません。
 テレビ画面を通してではなく、実際その場に立って、見て、感じてきたことは、まさに「百聞は一見に如かず」で、非常に衝撃的なものでしたが、それでも「一見」にしか過ぎません。
 ですから、たった数日現地を訪れた自分が記すこの紀行は、大変拙いものであるとご理解の上で読んで頂ければ幸いです。

 東北新幹線「はやぶさ」車中で  4月26日 金

 僕の住む広島県の福山から、岩手県の盛岡まで、新幹線で7時間。東京までのビジネス客とはうって変わって「はやぶさ」車内はGW休暇中の親子連れでいっぱいでした。その車中、素敵な親子と出会いました。
 僕がこれから訪れる大槌町や釜石市に近い沿岸部へ「帰省」するというその若いお母さんは、両手に大きな荷物を抱え、さらに、抱っこ紐で1歳半くらいの女の子を抱いていました。僕の隣の席に座るだけでも一苦労といった様子。座席の下に何かを落として四苦八苦されていたので「お子さんを少しお預かりしましょうか」と声を掛けたのですが、嫌がられて女の子を泣かせてしまいました・・・・・・。
 しばらくして、お母さんは鞄から絵本を取り出して娘さんに読みはじめました。それは『はらぺこあおむし』(エリック・カール/作、もりひさし/訳、偕成社)でした。周りに気遣いながら小声で読むその姿がとてもさりげなくて素敵でした。さらに手遊びや歌を歌ってお子さんと過ごす様子を、聞くとはなしに隣で聞いていると、なぜだか僕は涙が止まらなくなっていました。
 親と子が絵本を読む姿に、ここまで感動したのは初めてでした。僕の理想とする「絵本で子育て」の姿が、そこにあったのだと思います。
 思わず「女の子を泣かせてしまったお詫びのしるし」にと、プレゼント用としていつもカバンに入れてある『みんな、絵本から』(柳田邦男/著、石井麻木/写真、講談社)をお渡ししました。それは僕にとって「絵本のバイブル」のようなものです。

 その後、盛岡へ着くまで少しお話しさせてもらいました。昔から絵本が大好きであること、特に好きな絵本の話などを教えてくれました。思いがけず旅の初日から素敵な出会いに恵まれました。


 午前盛岡~宮古~山田、そして大槌へ  4月27日 土 午前

  朝、盛岡を車で出発。国道106号を東へ、宮古へ向かって峠越えの道を進みました。ダンプが多く行き来し、他の大型車両も多い印象でした。道中、混んで長い車列になることもありましたが、皆が思いやりをもって道をゆずる様子を何度も見かけました。盛岡市内でバスに乗った際も、高齢の方が乗っていらっしゃるとすぐ、乗り口付近の乗客が席を立っていました。昨日「はやぶさ」車中で出会った親子しかり、人々の心の温かさ、誰かを思いやる気持ちが街中に溢れている、そんな印象を受けました。
 宮古市に入り、ここから沿岸の国道45号線を南下します。山田町の市街に入ったとたん、息を呑む光景が広がっていました。三陸沿岸は、山地を流れる河川が作った谷が沈水し、岬や入り江が複雑に広がる「リアス式海岸」です。海岸ギリギリまで山が迫っていて、国道45号は何度もトンネルをくぐって行きます。その入り江にできた、わずかな平地に街や集落がありました。この狭い入り江に津波が押し寄せたら・・・・・・と想像すると身震いがしました。

 お昼頃、大槌町に着きました。今回、カメラを持って行きはしましたが、その景色を写真に撮ることはできませんでした。心の中で何か見えない壁が立ちはだかって、撮るのをためらう自分がいました。自分の体の五感を使って、そして心で、この地やそこに暮らす人々のことを記憶させていただこうと感じました。


 大槌町内「町方ドーム」にて  4月27日 土 午後

 大槌町の中心部「町方」。かつてここはJR大槌駅があって、商店街があって、町役場があった場所。今はもう本当に何もありませんでした。どこを見渡しても、住宅のコンクリート基礎部分と土ばかりで、町の端まで見渡すことができました。
 その中心部に、ポツンと小さな集会所「町方ドーム」が建っていました。今回の旅で大変お世話になった山崎さんとはここで合流しました。彼女は大槌町出身で、現在盛岡市在住の女性です。その山崎さんが今日ここで仮設に住む方々向けに「切り絵教室」を開催するとのことでお邪魔させて頂きました。そして僕も急遽、切り絵に参加させて頂き、ひととき切り絵に夢中になりました。
 その後、山崎さんのご主人とも合流し、海岸沿いのお店で美味しい「イカ飯定食」を頂きました。山崎さんによると、以前は、沖合でイカ釣り漁船の灯りが、煌々と夜の海を照らしていたそうです。帰りのお勘定場で、お店の女性が話す方言がとても心地よく印象に残りました。今回、東北の方言(津軽弁)で書かれた絵本を2冊持ってきていました。自分なりに練習してきたつもりでしたが、読むのをやめようかなと思うぐらい、同じ東北でも場所によって話し方は大きく異なるのだなと思いました。

 その後、山崎さんから、明日行われる「小鎚小学校・お花見の会」へのお誘いを受けました。さらに、仮設に住む子どもたちも来るので、彼らに絵本を読んであげてみてはとのお話も頂きました。願ってもないお誘いに、「明日は何を読もうか・・・・・・」と気持ちが引き締まりました。(きやす・たかひろ)

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