「絵本フォーラム」24号・2002.09.10
第5回
人間に興味をなくした子どもたち
―何故メディア(テレビ・ビデオ・コンピュータゲーム)
子どもの心を育てないのか―
 乳幼児期は子供の発達にとって最も重要な時期であると同時に、ともすれば子供の発達が最も深刻に阻害されかねない時期でもあります。子供の知的そして倫理的成長の土台は、この時期に築かれます。それができないと、あとで専門家がいかに手を尽くしても、発達の遅れを取り戻すのはむずかしいのです。この時期の親の役割の重要性は、いくら強調しても足りないほどです。子供にはもって生まれた資質がありますが、だからといって子供の将来が決定されているわけではありません。人間が人間らしく生きるために、他人の立場を理解し、力を合わせて何かを成し遂げる能力が大切なのです。こうした能力を身につけるには、子供は愛情と思いやりに包まれて育つことが必要です。
 子供は、保育者との関係からコミュニケーションの仕方を学びます。生後数週間で、赤ん坊と親は3つの段階を経て、双方向的なやりとりが可能になります。誕生から生後3週間までの第一段階では、親はまず泣き声に反応して、赤ちゃんの要求を満たすことを覚えます。生後8週間までの第2段階では、赤ちゃんはほほ笑んだり、声を上げたりするようになり、親はそれにこたえてあやすようになります。さらに生後16週間までの第3段階で、そうしたやりとりはイナイイナイバアなどの「ごっこ遊び」に発展します。このような「ごっこ遊び」を通じて、赤ちゃんはリズムをつかみ、「かけ合い」のテクニックを学びます。生後4ヵ月までには、赤ちゃんのほうから親を「ごっこ遊び」に誘い込むようになります。この段階で自主性が芽生えはじめます。
 こうして子供は、自分の行動や感情をコントロールしたり、調整したりすることを学んでいきます。たとえば、何かを不快に感じて、それを表情や声に出せば、親か保育者が察知してくれることを子供は知ります。そこから感情を抑制することを覚えるのです。まだ話せない乳幼児の場合、しぐさや表情が意志疎通の手段となります。ほほ笑む、うなずくといった単純なやりとりから、問題解決や他人とのつき合いなど、複雑な情報処理システムが形成されていきます。こうしたシステムは、言語を習得すればシンボルや言葉と結びついて機能するようになりますが、基本的な構造は非言語段階でつくられるのです。
 親または保育者との愛情に満ちた、安定した関係のなかで育てば、子供は他人と深くかかわり、他人の気持ちを思いやれるようになります。やがては自分と対話し、自分の欲求を見極めて、同年代の子供や大人に自分から働きかけて関係を築けるようになります。
 さて、テレビやビデオは、かような応答的環境が最も大切な乳幼児期にどのような役目を担うでしょうか。もうお分かりですね。何一つ役立つことはありません。否、双方向的なやりとりの手段を欠くため、響き合う心が育たないのです。親やその他の大人とのコミュニケーション手段を奪っているのです。赤ちゃんは人間に興味を示さなくなるのです。
 赤ちゃんが生まれながらにテレビがついている部屋で育つと、生後3ヶ月で「アーアー」、「ウーウー」のクーイングがなくなり、無表情になります。お母さんは愛着を感じられません。1歳になっても後追いせず、指さしせず、目が合わず、言葉が出ません。早期教育ビデオ、フラッシュカード、電子おもちゃ、テレビゲームなどが次から次へと赤ちゃんに無神経に襲いかかるのですから、無垢の赤ちゃんはひとたまりもありません。
 さらに、赤ちゃん時代はまったく正常に育っていても、1歳過ぎからテレビ・ビデオにはまり、せっかく育った言葉をすべて失ってしまうこともあります。乳幼児期はそれほどまでに危険がいっぱいなのです。
 最新の脳科学では、人間の脳の中でもっとも高度な機能を担っているのは前頭連合野であることが分かっています。チンパンジーのそれは人間の6分の1の大きさしかありません。人間を人間たらしめているのが前頭連合野なのです。人の身振りを見て心を推測できる能力を“心の理論(Theory of mind)”といいますが、正に前頭連合野で育つのです。“心の理論”は、実際の豊富な体験のなかで育つのですね。

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