しおのはなし

何か変!?

 私たちは毎日ご飯を食べます。お肉もお魚も野菜も果物も食べますね。スーパーマーケットにもデパ地下にも、世界中のありとあらゆる食べ物が並んでいます。おなかと背中がくっつきそうなほどひもじい思いをするなんてことはほとんどありませんし、コンビニやレストランでは、だれにも手をつけられずに捨てられる食べ物もいっぱいあるのだそう。もったいない、もったいない。
 その反面、大はやりなのが「サプリメント」。アミノ酸が足りない、ビタミンが足りない、ミネラルを補わなくっちゃ……。これって何だか変だと思いません?
 私たちの体の中には、主なものでも10数種類のミネラルが含まれています。カルシウム、カリウム、マグネシウム、亜鉛、銅、マンガン、鉄、ヒ素、ニッケル……。「毒じゃないの!?」とびっくりするようなものもありますが、ほ〜んの少しずつだけれど、どうしても必要なもの。例えば、カルシウムが足りないと骨がもろくなりますし、鉄が足りないと貧血でくらくらします。マグネシウムは不整脈や便秘に、亜鉛は糖尿病や皮膚のトラブルに……。心臓や筋肉を動かしたり、他の栄養素を運んだり、酵素のもととなって消化を助けたり、体を元気にしてくれる……。ミネラルはとっても働き者なんです。
 それではミネラルをたくさんとればいいのかというと、そうでもない。とりすぎると、今度は他のミネラルとくっついて、その吸収の邪魔をしてしまいます。例えば、加工食品や清涼飲料水に食品添加物として含まれるリンは、とりすぎるとカルシウムとくっついてしまい、リン酸カルシウムになります。これは水に溶けにくく、体内でほとんど吸収されずに体の外に出てしまうので、リンをとりすぎるとカルシウム不足になってしまうのです。だから、ミネラルは過不足なく、バランスよくとらなくちゃいけないんですね。

本物の塩が食べられない

 それでは質問です。私たちの身の回りでミネラルをバランスよく含んでいるものってな〜んだ? そう、海! 海の塩です。私たちのお母さん「海」はこれらのミネラルを、私たちの体の中のバランスと同じように含んでいるのですから。
 「ところが、この海の塩が食べられないときがあったんだよ」と那波おじさん。日本では昭和46年、「塩田法(正式には『塩業の整備及び近代化の促進に関する臨時措置法』といいます)」という法律ができて、海の塩をつくることができなくなりました。なぜこんな決まりができたかというと、そのころ日本は工業化が進んで、たくさんの塩が必要になったから。石けんやガラス、紙、化学繊維をつくるのに必要なソーダは、塩の中のナトリウムを使ってつくられます。塩素は、塩化ビニールや漂白剤、ジェット燃料、光ファイバーをつくるのに欠かせません。そこで、オーストラリアやメキシコから安い原塩をたくさん輸入することになったのです。
 また、海に面した平らな広い塩田が、大きな工場を建てるのに適していたからなのかもしれません。塩田法ができ、これまでの塩田は埋め立てられ、コンビナートが建ち並ぶ大きな工業地帯になっていきました。
 このようにして、食べる塩も、天候に左右されないイオン交換膜法(特殊な薄い膜の間に海水を通し、電流を流して濃い塩水にする)と真空蒸発装置(気圧を低くして低温で蒸発させる)によってつくった塩と輸入原塩を精製したものになったのです。工業用には純粋な塩化ナトリウムが適していますが、それを食用にすると体に悪い影響が出るのではないかと心配した人たちが自然海塩運動を始めました。明治38年から塩は国が売るもの(専売)だったこともあって、塩田で塩をつくり続けることは許されませんでした。それでも、少しでも本物に近い塩を食べたいと、輸入原塩を苦汁(にがり)につけて再結晶させたり、研究用として許可をとって日本の海から塩をつくり続けた人たちもいました。
 塩からは塩化ナトリウムをとり、ミネラルは食べ物からとればいいのだという人も大勢いました。でも、たくさんの種類のミネラルをバランスよく食べ物からとるのは、とても難しいことです。それに、農薬や化学肥料まみれで、宇宙の大きな輪っかから外れてしまった野菜や、せっかくの命の部分を削り取ってしまったお米が、十分なミネラルを含んでいるでしょうか?
 「日本人はパーじゃ。塩化ナトリウム九十何%の塩を平気で食うちょる国はほかにはない!」と赤峰おじさんはぷんぷん。何はともあれ、平成9年には、日本でも自由に塩がつくられるようになりました。

海から生まれた塩と…

写真  スーパーマーケットに行くと、いろいろな塩が並んでいます。名前を見ているだけでもおもしろいのですが、色も粒の形や大きさも、もちろん値段もそれぞれ。裏返してみると、つくり方や成分のほか、つくっている人の思いも感じられます。機会があったら、なめ比べてみてください。味や香り、手触りに個性があることに気づくでしょう。
 「人間の浅知恵で、いろんなものを追いかけるからおかしくなる。身の回りの自然の中にちゃんと答えはあるよ」「赤峰さんの大根と“なずなの塩”でつくったたくわんを食うたら元気になるよ」となずなのおじさんたち。よい塩とは、その人の体に合った塩のこと。生まれ育った土地や環境、体質に合う塩を必要な量だけとることが大切なのです。「血の中に生まれ持ったミネラルがバランスよくあれば、ばい菌や病気のもとが入ってきても、体の中でちゃんと薬をつくってくれる。それが自然治癒力じゃ」赤峰おじさんはお日様の下で今日もにんまと笑います。
 でも、健康のために塩分は控えめに、ってよく耳にするけれど……!? そのお話は、またこの次。


「絵本フォーラム」42号・2005.09.10


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