たましいをゆさぶる子どもの本の世界

「絵本フォーラム」第15号・2001.3
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あふれるような、あたらしい生命の讃歌

かくてくらがりの地獄の底で/あたらしい生命は生まれた。
かくてあかつきを待たず産婆は/血まみれのまま死んだ。
生ましめんかな/生ましめんかな
己が命捨つとも
(栗原貞子「生ましめんかな」『中国文化』1946年3月号)

写真  1945年8月8日、原爆投下直後のヒロシマで一人の子どもが生まれた。くらがりの地獄の底で…。出生地は貯金局の地下室である。20万人をこえる生命を奪い、人間の尊厳をコッパミジンにした一瞬の閃光。…放心、絶望の底に妊婦がいた。産気づいた妊婦に手を貸したのは同じように傷ついた産婆だった。かくてあたらしいたましい(魂)が誕生した。実話、である。この話は詩人・栗原貞子の心をまっすぐにとらえた。そして、激しく、告発するように書き綴ったのが冒頭の詩だ。平和と人命の尊重を謳い、それを脅かそうとするものへの抵抗の詩魂のこもった作品ではないか。
 人間社会は(動物社会も同じであるが…)、生命の誕生を無条件に歓迎する。たとえ、己の命を犠牲にしても…。民族、宗教、文化の違いをはるかに越えて歓迎する。
 この普遍的な理(ことわり)を高らかに謳い上げている絵本作品がある。米国の絵本作家R.ボーンスタイン(Ruth Bornstein)が1976年に発表した『ちびゴリラのちびちび』(いわたみみ訳、原題はLITTLE GORILLA)である。
 自然豊かなジャングルで生を受けたゴリラちびちびは、ジャングルに住むすべての生物から大歓迎を受ける。
 おとうさんも/おかあさんも/おばあさんも おじいさんも…/ちびちびが うまれたそのひから みんなは このちびゴリラが だいすきでした。/ひらひら とんでる ピンクのちょうも/……/あのでっかい へびだって「ちびちびは かわいいな」と おもっていました。/
 どうですか。この、一点の曇りのない生命への愛。はこばれることばのひびきもすばらしい。そして、ちびちびは、羨ましいほどにのびのびと育っていく。ジャングルの仲間に見守られながら…。
どんどん/どんどん/どんどん 大きくなって とうとう……/こんなに おおきくなりました。/「おたんじょうび おめでとう ちびちびくん」/
 秀逸なことばのリズムは透明感のある音を奏で、太くて強い、そして柔らかい曲線を用いて描かれたイラストレーションが、それにみごとに共鳴する。たくさんの動物たちの表情はあくまで優しいのである。あたらしい生命へのあふれるような愛の賛歌がここにあるではないか。
 輻湊する現代社会の病的状況は、普遍の理(ことわり)を混乱させているようだが、哀しくもすごい母親の強さと、あたらしい生命を精一杯尊重する人間のしたたかさに胸を打たされるドラマが、ときに、演出される。
 今年1月、大地震に見舞われたインド西部のグラジャード州。その被災地で、壊れた建物の下から女性の遺体が見つかった。女性は、生後8カ月の赤ん坊を抱きしめていた。赤ちゃんは小さな傷を負っているだけで無事だった。発見までの3日間、死んだ母親のぬくもりに守られて赤ちゃんは生き延びたのだ。…生命は大切にされなければならない。
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