たましいをゆさぶる子どもの本の世界

「絵本フォーラム」第16号・2001.5
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蒸気機関車と子どもたち

写真  子どもたちはなにより乗り物が好きだ。前進する、突進する、回転する。そんな動きに大きく心を衝き動かされるのだろうか。

 ぼくの子ども時代。小京都と称えられる城下町のその町には、無数のあそびの舞台が広がっていた。城址に山林、川に海。各所に散在する原っぱや田畑でさえも格好の遊び場であった。そして、城址を囲むように巡りながら町の中央を流れる酒谷川は春夏秋冬、満面に清水を蓄えて、かくれんぼから昆虫採り、釣りに水泳、ときに悪ガキどものケンカの舞台にもなった川にはいくつかの橋が架かり、ひとつは汽車の疾走する鉄橋であった。
 川あそびに興じる子どもたちの賑わいを遮ぎる大音声が、30分か40分ごとに轟ろきわたる。「ブォーッ、ブォーーッ!」と汽笛数発。グォーッ、ガタンゴトン、グォーッ、ガタンゴトンと鉄路を踏み鳴らして汽車がやってくるのだ。
 子どもたちはいっせいに鉄橋の下に向かう。見上げる汽車は先頭に蒸気機関車を戴き、白褐色の煙りを入道雲のようにもくもくと吹き上げて鉄路を疾走する。そしてふたたび、「ブォーッ、ブォーーッ」と吠えるように汽笛を発して去ってゆく。
 機関車の雄々しき姿は、ぼくらを身震いさせるほど興奮させた。拳を固く握りしめ、ひととき息を飲み込んだのち、ぼくらも「ウォーッ!」と雄叫びを上げるのだった。勇気や希望に似た心性を、機関車の豪放な勇姿から獲得した気分に浸っていたのだろうか。

 現在では蒸気機関車の姿をめっきり見なくなったが、変わることなく、子どもたちは機関車が好きであり夢を託しているようだ。TVでは「機関車トーマス」が人気を博しており、各地の遊園地でも遊具としての小型機関車に子どもたちは走り寄る。
 『いたずらきかんしゃ ちゅうちゅう』(バージニア・リー・バートン作 1935年/むらおかはなこ訳/福音館)は、そんな機関車好きの子どもたちに絶対の支持を受けている朽ちることのない傑作である。
 いたずら好き・冒険への憧れは、あそびの天才・子どもたちの生来の特質である。‘ちゅうちゅう’はそんな子どもたちの期待や夢を裏切らない。子どもたちに代わって紙面いっぱい、いや、紙面を飛び出すほどに絵本の中で活躍してくれるのだ。
 情趣あふれる田舎と都市を行き来するのが‘ちゅうちゅう’の役割である。
 毎日毎日の決まった役割にすこし飽きてしまった‘ちゅうちゅう’は、ある日、機関士のジムたちが機関車を離れているスキに自分だけで出発進行!!…念願の冒険をスタートさせるのである。
 あわてふためく人々や動物たち。機関士ジムたちもおどろきあわてて追いかける。
 そんなことにお構いなく‘ちゅうちゅう’は山を越え野を突き抜け、はね橋まで飛び越してひとり冒険を楽しむのである。ところが…廃線になってしまっている森に向かう線路に入り込んで立ち往生。暗い夜を迎えることになる。そこで…。という物語りだ。

 墨一色で描かれたバートンの一見粗野に装われたイラストは、幾度となく目を運ぶと大変に工夫されているのがよく伝わってくる。‘ちゅうちゅう’は当然だが描かれている人物や動物、草木までも表情に豊かさが与えられ、なによりスケールの大きい動きが描出されている。
 読むほどに味わい深さが加わり、ワクワクとか、ドキドキとか発する言葉がもっとも似合う絵本である。
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