寝太郎理論
(生きる力の大切さ)

「こんにちは、昔話です」(小澤昔ばなし研究所)  今日集まった方は、もう起きちゃった人だと思うんだ、ほとんど。人間て面白いもんだよね。自分が起きちゃうとね、自分がかつて寝てたことを忘れるのね。で、すまーした顔して子どもにはしっかりやりなさいなんて、言ってるわけ。特に親になったら忘れるね。そして学校の先生になったらもっと忘れるんだ。だから親で先生だったら百パーセント忘れるんだ。ぼくは、自分が親で先生だから、もう百パーセント忘れてると思う。認めてますけどね。

 三十歳・四十歳になったらみんな起きてるでしょ。普通の社会人になるんだよ。そこが大事なんじゃないの。僕は長いこと大学の教師をやってたもんですからね、もう勉強しないやつなんていっぱいいたよ。麻雀ばっかりやってたとかね、バンドばっかりやってたとかね、女の子と何だかきれいに着飾って遊んでたりとか、いっぱいいるよ。

  だけど、この頃ね、卒業後二十年とか三十年とかで呼ばれていくとね、みんなもうまじめな顔してね、いっぱい名刺くれるんですよ。どっかの県立病院局長だとか。そんときすごく嬉しいよね。だから言ってやんの、「おまえ、どっかで起きたんだな」。酒なんか入るとね、勢いに乗って言うんですけどね、「おまえらよかったなぁ、若いときにエネルギー節約しといて」なんて。大事なことは、社会に出て、ちゃんとやることだよ。そうじゃない?学校時代の成績がちょっといいか悪いかなんて問題じゃないんですよ。それよりも、生きる力の方が大事だ。僕の周囲には、僕の寝太郎理論にぴったり合う男女がたくさんいます。今もう、みんな四十歳を越えちゃってるからね、もう立派なおじさんおばさんになってますけどね。心配ないよ。そりゃ皆さんの年齢だと、高校生の子どもとかね、いろいろだと思うんだ。寝てばっかりいると思うんだけど、大丈夫です。

 ちゃんと考えてんだから。ほっといて大丈夫、必ず起きる。親がプレッシャーかけなければ起きます。親がいろいろ期待してプレッシャーかけると、その期待に応えるんだよね、子どもはね。で、また寝てるわけよ。ほっといてやるとね、自然に起きる。そういうもんです。

 

「シンデレラ」と
「灰かぶり」

 もうひとつ言うとね、シンデレラの話。さっきちょっと言ったけど、シンデレラがガラスの靴を置いてきたのは、グリム童話によると三回目の舞踏会の帰りなのね。で、僕はその三回目ってとこに意味があるっていうふうに思っているもんで、それを聞いてもらいたいんだよね。ところが、ディズニーは一回にしちゃいました。そうすると、今からお話しするメッセージは完全に消えます。グリム童話の二十一番「灰かぶり」を必ず読んでください。とっても見事な話です。

 一回目、二回目、三回目。グリムはこの一回目、二回目、三回目をほとんど同じように書いてます。で、三回目の後半が違うんです。こんな話なんです。

 

グリム童話二十一番
「灰かぶり」

グリム童話二十一番「灰かぶり」 ある女の子が、母親に死なれて継母に育てられてるんですね。そして、その継母にも実の娘がふたりいるのね。この継母とふたりの娘はきれいに着飾って遊んでばかりいるんです。シンデレラばかり汚い服装させられて、夜寝るときには灰の中で寝させられるもんで「灰かぶり」というあだ名がつく。それを英語で言うと「シンデレラ」、ドイツ語で「アッシェンプッテル」、フランス語でいうと「サンドリオン」です。

 ある日、宮殿で、王子が花嫁を選ぶための舞踏会が開かれます。継母と実の娘ふたりは、きれいに着飾って出かけようとするんですね。シンデレラも連れていってくれって言うんだけど、継母に「あんたにはきれいな服がないじゃないか」と言われて、置いていかれちゃうんですね。でも彼女はどうしても行きたかった。みんなが出かけた後、与えられた課題を早く片付けてですね、実の母のお墓へ行きます。するとそこにハシバミの木が生えていて、そのハシバミの木に白い鳥が飛んできて、きれいな服を落としてくれるんですね。彼女はその服を着ると、見違えるように美しいお姫様になります。その美しいお姫様の姿になったとき、シンデレラは宮殿に行きます。宮殿では王子がもうすっかり彼女に首ったけになってしまって、他の誰とも踊らせようとしない。この人は僕のパートナーだと、すぐにプロポーズしてるんです。だけど、何だか知らないけどある時間が来ると、王子の腕からするっと抜けて帰ってきちゃうのね。そしてまた汚い服に着替えて、灰の中に寝てるんです。継母と実の娘ふたりは夜遅く帰ってきて、「今日の舞踏会ではどっかの見知らぬ美しいお姫様が現れて、王子様はその彼女に首ったけだったのよ」って話をするんです。ところが、彼女はまるで他人ごとの様に、「あ、そう」って聞き流してます。

 二回目、また置いていかれます。また実の母のお墓へ。すると白い鳥が前よりもっと美しい服を落としてくれた。彼女はそれを着ると前よりもっと美しいお姫様になって宮殿へ行きますね。宮殿では、王子がこのあいだ逃げられたお姫様がまた現れて、今度こそどこの誰か確かめようとするけれど、また逃げられちゃうんですね。間抜けな王子っちゃあ、間抜けな王子。灰かぶりは逃げ帰って、また汚い服に着替えます。

 三回目、また置いてかれます。また実の母のお墓へ。すると白い鳥が飛んできて、もっと美しい服を落としてくれた。彼女はそれを着て前よりもっと美しいお姫様になって宮殿へ行く。宮殿では、王子が、こないだ逃げられたお姫様がまた現れたので、今度こそどこの誰だか確かめようと思って、王子は階段にタールを塗っておいたんですね。それで、シンデレラは逃げ帰るときに、そのタールに左靴を取られて、置いてきちゃったんです。王子はその残された左靴をたよりにして、その靴に足が合う子を捜して、結局は、シンデレラを見つけて結婚したって言う、こういう話です。ぜひ、ぜひじゃない、必ず読んでください。これはもう、子どもに対する責任だと思う。これが、本当のシンデレラの話です。それでね、とっても整ってるんですよ。だから、語り口の説明としちゃ、もうそれでやめていいの。

 

思春期の心の動き

「昔話からのメッセージ ろばの子」(小澤昔話研究所) だけど、僕がどうしても解らなかったのは、シンデレラはね、考えてみれば最後には結局王子様のプロポーズで結婚してんだよな。だったらば、一回目のプロポーズでいっちゃえばいいじゃないですか。だったら、話は短くて済むしね。覚えるのも楽だしね。だけど帰ってきちゃう。そして汚い服に着替えるわけ。汚い服に着替えて私はもう、労働階級がいいわっていうと、そうでもないんだ。またきれいな服であっちへ行っちゃう。王子が首ったけになると、また逃げて帰ってくる。あの行ったり来たりは、なんだったんだ。これ難しいよな。何年も考えてました。ほんとに何年も考えてたんです。そんなこと書いてある本なんかないからね。世界中にないですからね。でもある時はっと気が付いた。これも、思春期の子どもの心の動き、そして行動を語ってるんだってことに気が付いたわけ。キーワードは、あの、白い鳥なんだよね。実の母のお墓に現れた白い鳥は何者か、わかったのね。白い鳥ってのはですね、文化人類学とか心理学の方ではわかっていた事らしいんだけれども、ほとんど、どこの民族でも、死者の魂の化身と考えられているんです。

 日本ではね、人が亡くなると、しばらくの間その魂がその家の周りにいるっていうじゃない。そして、四十九日目に本当に死の国にいくんだよね。だから四十九日があるわけだ。僕、ドイツに長くいたんですけど、ドイツでも同じでした。四十九日とは言わなかったけども、人が亡くなると、しばらく、その魂は住まいの周りにいるんですね。おなじなんです。そうするとだね、いつも空を飛んでいるから、鳥と同一。しかも、白い鳥なの。白って何か神聖な感じがあるじゃない。魔法的な何かね。ドイツでも、ヨーロッパでも白い鳥です。日本は、完全にそうです。そうするとだね、実はあのお墓に現れた白い鳥は、間違いなく実の母の魂の化身なんだ……でしょ。その、魂の化身がくれた服を着た彼女の姿は、彼女の本当の姿と言えるんじゃないか? だって、実の母がくれたんだから、本当の姿と言えるわけ。それが、美しかったんです。彼女は、普段はダーティでした。灰かぶりでした。だけど本当は美しかったんだっていう、この二重性ね。本当は美しかったの、そういう物語。まじめな物語なんだよ。

 ディズニーの絵本ではね、なんか魔法の杖でさわられたらパーンと美しくなった、そんなまやかしの美しさじゃない。まったく逆だったの。彼女は普段は汚かったんです。 でも、本当の姿は美しかったんです、こういう話よ。まじめな話よ。そう考えるとね、これはもう若者の思春期の心の動き、そして行動を語っているということはわかるんじゃない、想像がつくんじゃない。

 わからないのは、シンデレラの美しい姿を王子が認めてね、首ったけになったのに、シンデレラは帰ってきちゃうよね。あれは、なぜだったのか、ここは説明が一切ないんだね。グリム童話の中にもね、一切ないんです。

(構成・池田加津子、協力・東條真由美)

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