絵本のちから 過本の可能性
★特別編★
「絵本フォーラム」29号・2003.07.10

浜島誉志子氏 略歴

 1940年インドネシア生まれ。神戸大学文学部卒。神戸市立中学校国語科教諭を経て(財)松戸市おはなしキャラバンを設立。現在は劇団天童の脚本、演出を行いながら、絵本の見せ語り、ならびに保育者、父母、教育者、企業の社員等を対象にした講座、講演の講師をつとめている。

浜島誉志子さん主宰の劇団「天童」のホームページ
可愛い子どもの豊かな未来のために
浜島誉志子(劇団「天童」主宰)
絵本は子どもの魂を育てます

 生後7ケ月の我が子に絵本を読んで聞かせたら、首をもたげ、真剣に見入り、時折、「あー」とか「うー」とか言いながら全身全霊で入ってくるのです。「えっ、赤ちゃんなのにわかるの?」新米母親の私には大変な驚きでした。「う〜ん、うちの子は天才かもしれない。人間の子はたいしたもんだ。ひょっとしたら赤ちゃんは何もかもわかっているのかもしれない。大人の私より賢いかもしれない」という思いが読み聞かせるたびにぐんぐん強くなっていきました。2番目の子、3番目の子は生後3ケ月から読んで聞かせてみますと、急に賢そうな顔つきになるのです。テレビの幼児番組を観ているときの顔とは別人みたい。テレビを観ているときは、ぽかんと口を開けたり、背中がぐにゃっとしていたり、しまらない感じなのです。絵本を聞いているときは子どもの中で見えない何かが起こっている! そうだ、魂が揺り動かされているのだ! そう感じたとき、感動で涙が溢れそうになりました。赤ちゃんは、日本語でも英語でもトルコ語でもかまわないんだ、読む人の声を聞いて魂でキャッチしているのね、絵を見て鋭く感じ入るのね。我が子を絵本で育てているうちに、「こんなすばらしい育児法をみんなに伝えなくちゃ」という思いから様々な活動をし、30数年たった今もずーっと続いています。

豊かな言葉は豊かな人生を創ります

 赤ちゃん時代から絵本を読んでもらった子どもとそうでない子どもの育ち方には、恐ろしいくらい違いがあるのです。絵本を聞いて育った子どもは、ことばをたくさん貯めています。豊かなことば、意味のあることば、知識を刺激することば、情のあることばは、考える力、想像する力、無から何かを創り出す力を育ててくれます。豊かなことばは豊かな人格を創り、豊かな心情を育んでくれます。これとは反対にことばが少ない子どもは、短絡的な考え方をしたり、自分の思いを整理できなかったり、考えを伝えることができなくてイライラしたり、乱暴な行動に走ったりしがちです。豊かなことばを子どもの心に貯める方法は、毎日、絵本を読んであげることです。でも、イヤイヤながら読んだり、素っ気ない読み方だったり、「1冊だけよ」とめんどくさそうに読んであげたりでは、子どもの胸に親の愛を届けるどころか、「本、読んでと言うとコワイ顔をするんだもの、もう、いいよ……」と、子どもの胸は寂しさでいっぱいになってしまうでしょう。
 子どもに絵本を読んであげるのは、ただ、ひたすらに、親から子への愛の行為なのです。子どもは、親に愛されていることを実感し、情緒が安定します。豊かなことばは情が通ったときに大きな宝となって子どもの生命を育むのです。
 こうした三つの条件があるというのは、何のことはない、子どもというものはのびて行こうとしている生き物であるからに他ならない。生きているから失敗もするが、楽しいとなると食事も忘れて追求する。本をかいたり作品をつくる時、こうした追求する子どもを忘れていないかと反省しきりである。

絵本から真・善・美の世界を感じ取る

 絵本は子どもの心の食事です。では、どのような食材が良いのでしょうか。子どもの魂を育む為に、真・善・美の内容を愛と信念と情をもって読み聞かせたいですね。手前味噌で申し訳ありませんが、『マウイたいようをつかまえる』(ニュージーランドマオリ族の神話)(ピーター・ゴセージ作、浜島誉志子訳/偕成社)は、太陽が早く動きすぎて長い夜に困り果てている村人を救う為に勇気を奮って太陽をつかまえに行くマウイの物語です。「他の為に生きる」ことは、究極の人間の愛の行為で、善行であり、美しいことです。凶暴な太陽をつかまえるなんてことは恐ろしい。できることなら遠慮したい、誰かがやってくれるのを蔭で見ていたい気持ちになるのが普通だと思いますが、この絵本の中では勇気をもって他の為に生きることのすばらしさを感動体験できるのです。
 やはりマオリ族の作家の『タニファ:ニュージーランドの民話』(ロビン・カフキワ作絵、浜島誉志子訳/偕成社)では、真実を知った男の子と真実に背を向ける男の子が対照的に語られ、友達から白眼視される孫をおじいちゃんは「おまえは神々に会ったんだね。すばらしい」と認めます。ここには、真実は伝統の中にあること、求める者には真実は姿を現してくれること、三代が大事だということが語られています。地味で本格的な絵ですが、全国どこで読み聞かせても、2、3歳の子でも真剣にのめりこんできます。その目の深さ、考え深げな様子、完全に物語に投入している幼子の姿は震えるほど感動します。
 ああ、子どもはなんと賢いのだろう! 大人よりわかっているのだ、どうかこのまま純粋な感性を持ち続けて成長してほしい、と願うのです。
 赤ちゃんがお腹の中にいるときから、絵本を読んであげましょう。みんな聞いているそうですよ。娘は母の言うとおりにしてくれました。孫は生後3週間で『マウイたいようをつかまえる』に見事に反応しました。ウソじゃないのよ。赤ちゃんは魂で感じ取っているのですね。子どもに絵本を読んであげることは、心情と人格を育てる最高のツール、どなたにもできることです。現役のお母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん、可愛い子どもの豊かな未来のために、何をおいても絵本を読んであげてくださいね。

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