絵本のちから 過本の可能性 − 特別編 −
「絵本フォーラム」33号・2004.03.10
このごろ絵本について思うこと
土居安子(財団法人大阪国際児童文学館・専門員)

絵本の表現の可能性に更なる追究を期待

 いつも新刊情報を読んでくださってありがとうございます。できるだけ、新しく、絵本としてのおもしろさを備えている作品を紹介したいと思っていますが、「ぜひ、紹介したい」という本になかなか出会えないというのが実情です。日本の絵本作家では、1970年代、80年代に活躍していた絵本作家が今だに活躍し続けていて、力量のある新しい作家の作品が少ないことは残念に思います。もちろん、井上洋介、佐々木マキ、スズキコージ、片山健など、キャリアのある作家が活躍していることは喜ばしいことですが、物足りなさも感じます。そんな中で、ユーモアを交えながら虫や自然を観察する楽しさ、厳しさを表現した『ねらってるねらってる ねらわれてるねらわれてる』(ブックローン出版、1994年)などの作品を書いている近藤薫美子はユニークな作家だと思います。
 一方、海外の作品も、選んで翻訳されているにもかかわらず、これまでに何度も扱われたテーマを同じ手法で描いた作品や、デッサン力に欠けた絵が多いと感じることがよくあります。そのような中で、今、私が注目している作家は、『とうとうとべた』(フレーベル館、2003年)などの作品のあるサラ・ファネリと『あたしクラリス・ビーン』(フレーベル館、2002年)などの作家ローレン・チャイルドです。絵本は、本来、絵とことばの調和によって成り立っており、表紙で始まって表紙で終わり、ページをめくるたびに物語が展開するという構造を持っています。古典の絵本作品のばあい、この絵本のおもしろさがストレートに表現されていますが、この二人の作品は、絵本の特徴をうまく利用したり応用したりして作品を製作している点が新しいと思います。また、写真や手書き文字や異なった手法で描かれた絵を貼り合わせるコラージュ技法を使うことによって、多様な現代社会を反映している点も共通しています。中でもチャイルドは子どもの視点で主人公の内面をドライに描くのが得意で、サラ・ファネリは、空想の世界を美しくユーモラスに表現するのが特徴的です。
 また、最近、いわゆる「ヤングアダルト絵本」が数多く出版され、絵本は幼い子どものためだけのものというイメージが変わってきたのはとても喜ばしいことです。絵本には子どもから大人まで幅広い年齢で楽しめる作品、幼い子どものための作品、10歳ぐらいの子どもに向けた作品などさまざまな作品があります。しかしながら、子どもの作品と銘打ちながら、大人の視点ばかりを意識した作品や、キャラクターのかわいさだけで売ろうとしている作品には不満を感じます。絵本の表現の可能性がもっと追究されるのを期待すると同時に、子どもの視点を確実に捉えた絵本がもっと出版されることを望んでいます。


絵本本来の楽しみ方を見失わないで

 このような絵本事情にも増して気になっているのは、日本での絵本の読まれ方の変化です。最近、読書の大切さが国ぐるみで言われるようになっています。その影響を受けてか、ここ3、4年、幼稚園や保育所、学校などで集団の子どもに絵本を読むという場が多く設定され、ボランティアの方々が読み手として活躍される機会が急激に増えています。このことは、多くの子どもが絵本に出会う機会が増えるという点で喜ばしいことです。しかしながら、中には絵本はもともと大勢の前で読むように作られていると勘違いされている方や、絵本の選び方に慎重とは言えない方もいらっしゃるようです。本来、絵本は、ページを行きつ戻りつしながら、自分のペースでゆっくりと楽しむもので、多くの絵本は、1〜3名で読むのに最も適していると思われます。ボランティアブームとでも呼ぶべき社会現象の中で絵本本来の楽しみ方が失われてしまうとすれば、とても残念なことです。
 同時に多くの地域で「ブックスタート運動」が開始され、あかちゃんから絵本を楽しむ親子が増えてきました。もし、あかちゃんが絵本を介して保護者との結びつきが強くなり、絵本を楽しんでくれているなら、とても喜ばしいことです。しかし、実際のところ、それぞれの月齢や年齢のあかちゃんにとって絵本がどういう意味を持つのかは充分に研究されていないというのが実情です。そんな中で、早期教育熱を煽ったり、保護者の子育てにストレスがかかるようでは、何のための絵本かわかりません。絵本はあくまで、子どもが楽しめる文化の一つであり、自然や友だちと実際に遊ぶ直接体験も、音楽を聴くことも、子どもにとって大切な経験であるという気持ちで絵本に接することが大切だと思います。
 最近の絵本について考えると以上にように気になることがたくさんあります。しかし、年に出版される約1000タイトルもの絵本の中には必ず楽しい絵本、芸術的な絵本があります。見落とすことのないよう、今後も紹介し続けたいと思っております。

前へ次へ