こども歳時記

〜絵本フォーラム106号(2016年05.10)より〜

「多様な感情が人生を豊かにする」

 花の便りが次々と届き、若葉をわたる風がさわやかな季節になりましたが、新年度が始まってから緊張しっぱなしだった、という方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。  

 ところで、あなたは、この緊張感の奥にあるご自身の感情に向き合えていますか。 もしかしたら、緊張感という言葉で自分の感情の一部を表現しているだけで、実は自分の中のさまざまな感情、特に、怒り、落ち込み、不安といったネガティブな気持ちに気づいていないかもしれません。

 そんなふうに思うのは、『感じない子ども こころを扱えない大人』(袰岩奈々/著、集英社新書)の《子どもが自分の感情をもてあまし、どう扱っていいのかわからなくなっている背景には、大人自身が、自分の感情を無理やり抑制したり、気持ちの扱いに不慣れだったりするということが考えられる。》という一節が、心に引っかかったからです。

 自分で自分の感情に気づき、その落ち着き場所をみつける力。自分と周囲との関係を感じ取る力。相手の気持ちをわかろうとする力。これらは、感情よりも効率性を重視する傾向が強くなるにつれ、減退しているのではないでしょうか。

  気持ちをぶつけあって、それがネガティブな感情や言葉であって、その場が気まずくなっても、何時間か何日かしたら何事もなかったかのように笑いあえる。関係は修復できるという経験を、まずは親子で、そして集団生活の中で積んでいくことを通して本当の自分を他人の前に出しても大丈夫という安心感や自信といったものが得られるのではないでしょうか。自分の心を持ててこそ、他者を思うことができるのではないでしょうか。

 『あのときすきになったよ』(薫くみこ/さく、飯野和好/え、教育画劇)は、小学1年生の「わたし」とクラスメイトの「しっこ」さんの物語です。「しっこ」というあだ名を付けられてしまった後ろの席の女の子。「わたし」は、その子を本名で呼ぶけれど、心の中では「しっこ」と呼ぶときもあります。そんなクラス全体の雰囲気や「わたし」の気配を感じてか、「しっこ」さんは口数少なく、おこったような顔をしています。

《あの子とあったのはどこだっけ?けんかしたのはいつだっけ?なんでなかよくなったんだっけ?ちっともすきじゃなかったのに、すきになったのはなんでかなあ……。》

 「しっこ」さんと「わたし」は、快と不快、両方の感情をぶつけ合い、けんかをしても仲直りができるという経験を重ねるうち、お互いのいいところが見えるようになります。

 人生の豊かさは、感動の数で決まるというならば、大人も子どもも自分の中に感情を抑え込んでしまうのは、もったいないです!心を動かすのは心です。まず、大人の私たちから、自分の感情と向きあってみませんか。
おかべ まさこ


岡部 雅子(絵本講師)岡部 雅子

あのときすきになったよ

「あのときすきになったよ」
(教育画劇)

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