こども歳時記

〜絵本フォーラム107号(2016年07.10)より〜

「多様な感情が人生を豊かにする」

 今年も、暑さを熱さと言いたくなるような夏がまたやってきました。そんな中にも、木漏れ日、水面のきらめき、早朝の優しさ、夕焼けの空の色の移り変わりゆくさまなどをみつけて、言葉にして、感じて、子どもたちにも伝えていきたいですね。暑くて寝苦しい夜は、いっそ眠らなければと思うことをやめて、本でも開いてみませんか。読み聞かせるもよし、自分で読むのもいいですよね。

 《今日、あなたは空を見上げましたか。》という問いかけで始まる『最初の質問』(講談社)。詩人の長田弘さんの、ことばという楽器と、いせひでこさんの絵という楽器と、2つの楽器によって演奏される絵本のソナタとして企てられた“一冊の本”は中学3年生の国語の教科書でご存じの方も多いのかもしれません。(教科書でしか知らない人はぜひこの絵本を読んでください。印象が違うと思います)。大好きなお二人による、私にとって大切な一冊です。折に触れ読み返すと、問いに対する答えがかわってくるのです。

 《あなたにとって、いい一日とはどんな一日ですか。》熊本の地震の前と後では、かわりました。

  清水眞砂子さん(ゲド戦記 翻訳者)の講演を聴いて「殺さない側にいる人間になりたい」という言葉が強く印象に残りました。《これだけはしないと、心に決めていることがありますか。》の答えが見つかったような気がしています。

 経験や体験で、言葉はより深くなる。人の話を聴いたり、本を読んだりした時に「そうそう、私もそういうことを言いたかったの、思っていたの」などと思ったことはないですか。自分の中にあったうまく言語化できないもやもやした「思い」を、的確に表現してあるものに出合えると「そうそうそう、そういいたかったのよ」。自分の持ち合わせた語彙は少ないから、本を読み、話を聴いて助けてもらう。自分の思いを、自分の中で言語化するのを助けてもらう。すると少しだけ、もやもやがスッキリする。

 《あなたにとって「わたしたち」というのは、誰ですか。》《時代は言葉をないがしろにしている――あなたは言葉を信じていますか。》何度でも読み返したい本の一冊です。

 もう一冊の大切な本は、長田弘さんのエッセーで『読書からはじまる』(NHK出版)の中に《子どもの本というのは、子どものための本なのではありません。大人になってゆくために必要な本のこと》だというくだりがあります。そして最も望まれる読者は大人であり、とりわけ年老いた人のはずだと。《けれども実際は、残念ながら子どもたちの周りにいるのは、近ごろの子どもは本を読まないと言いながら、自分もあまり本を読もうとしない大人たちなのです。》

 さて、長い夏休みの間、あなたの周りの子どもたちは、本を読んでる大人を目にすることができているでしょうか? あなたの家庭の蔵書はふえているでしょうか? 
(まつもと・なおみ) 


松本 直美(絵本講師)松本 直美

あのときすきになったよ

「読書からはじまる」
(NHK出版)

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