えほん育児日記

   
わが家の子育ては・・・


~絵本フォーラム第114号(2017年09.10)より~  第2回

わが家の子育て  近くに親子の交流のための広場があると知り、通うようになりました。長屋の一部屋を借りた遊び場で、手作りのおもちゃや絵本がたくさんあり、お昼には持ってきたお弁当をみんなでちゃぶ台に広げたことを懐かしく思い出します。娘と二人きりで息が詰まりそうな時、広場でスタッフの方々や同年代のお母さんたちと他愛もない話をしたり、同じ空間で一緒に過ごしたりするだけで、私の気持ちは軽くなりました。

 そんな私とは裏腹に、娘は広場で遊ぶのを断固拒否しました。終日私の膝の上に向かい合う姿勢で座ったまま、一歩も動かないこともしばしば……娘が立ち上がるだけで「今日は立ったね!」とスタッフの方に笑われます。だから尚更、なんとかお友だちと遊べるようになってほしいと連れて行きました。

 子どもを預ける人がいない私は、思い切って広場の一時預かりを利用してみることにしました。泣き止まず、おぶって外を散歩してくださったとのこと。お迎えの時もおんぶのまま泣き疲れて眠っていました。預けたものの、どっと疲れた気がしたものです。

  ところが何度目かに預けた時、「絵本が本当に好きだね。絵本を読んでいる間だけは泣かずに膝の上で聞いてくれたのよ」と伺い、ああ、また絵本に助けられたと思いました。それまでは私から離れて集団に慣れてほしいと願っていましたが、この子は私と一緒が好きで、絵本を読んでもらうのが好きなのだから思う存分そうすればいい、と思えるようになったのです。

 それからは預けたい気持ちは消えて、娘との時間を大切に過ごすようになりました。広場のみなさんに娘の個性を認めて見守って頂き、いろんな子どもがいることを私も受け入れられるようになりました。私の心が落ち着いてきたのを察するように、娘も穏やかに過ごす時間が増えたように思います。

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  広場の絵本の中で、娘の一番のお気に入りになったのが『ころ ころ ころ』(元永定正/作、福音わが家の子育て2館書店)でした。カラフルな色玉が左から右へころころと転がるシンプルな絵本ですが、飽きずに何度でも持ってきました。指で色玉を追いながら読み進み、終点まで来るとまた最初から……弾む色玉と言葉のリズムとが相まって想像力を刺激し、様々な楽しみ方ができる絵本です。

 作者の元永定正さんは具体美術協会というグループで活動した前衛芸術家です。私は大学で芸術学を専攻していた頃から具体美術協会の作品が好きでしたので、元永さんが作者と知って大変驚きました。子どもが生まれて美術館に行けなくなりましたが、思い掛けず絵本の中で美術作品と出会ったのです。しかも娘と一緒に楽しめて、失われたものを取り戻した気持ちでした。私が興味を持つことで充実感が伝わり、娘もますます惹きつけられたのかもしれません。そうして私たちはもっと絵本が好きになりました。あの時、一歳半の娘からこの絵本を教わって以来ずっと、私たちは好きなものを共有できる同志です。

 具体美術協会は私の故郷の芦屋で発足したグループで、児童美術公募展の審査員を務めるなど、根本理念として子どもの表現活動に敬意を払っていました。そのメンバーである元永さんが子どものための絵本を手がけているのは納得で、芸術家が真剣に絵本表現に取り組んでいることに感銘を受けました。私も子どもとしっかり向き合おう、子育ては重要なことなんだと襟を正しました。子どもが初めて出会う芸術として、親子で絵本に触れる素晴らしさを実感しました。

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 娘が二歳の春に広場は諸事情により閉まることになり、その時のお友だちとも今は離れ離れになりましたが、子育ての一番大変な時期を共に過ごしたことを思い出すと今も胸に迫るものがあります。

 お別れの時に、娘が一番好きだった『ころ ころ ころ』をいただきました。広場でも家でも繰り返し読んでたくさん破れているその絵本が、娘と私にとって最初の思い出深い一冊です。


(しのはら・のりこ)

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