『旅』
アメリカに住んでいた時にはあまり旅をしませんでした。
実家は牧場を営んでいて、休みはありませんでしたし、
大学生になって長い休みがあってもお金がなかったのでアルバイトをしたり、
実家の手伝いに帰りました。
大学卒業と共に日本に来ました。
働きながら、休みの日に近くの観光地に行きましたがいつも日帰りでした。
一泊二日の旅をしてみましたが、まだ旅の魅力はよくわかりませんでした。
その考え方を変えたのは広島への旅行でした。
仕事で悩み「心も体も疲れたな」と感じていた時に、広島に住んでいる友だちから「広島へ遊びに来ないか」と誘われました。
ちょうど夏休み中だったので友だちの家へ4泊5日の旅行へ行きました。
人生初の長い旅でした。広島だけではなく島根、山口まで連れて行ってもらいました。
原爆ドーム、広島城、厳島神社、山口の錦帯橋、出雲大社などを見ました。
おいしものもたくさん食べましたが、この時にはまだ旅の魅力はわかりませんでした。
二日目の夜に友だちの家族と夕飯を食べることになりました。
すごく緊張しました。
なぜなら日本語での会話は基本的に理解できますが「方言」になると聞きづらい、わかりづらい時があります。
特に男性との会話です。
その夜、友だちのお父さんの隣りに座ることになりました。
お父さんは広島弁しか話しませんでした。
「ジェリーさんはどこから来たのですか?」と聞かれましたが、最初の2回は広島弁のせいでわかりませんでした。
3回目でやっとわかりました。
「埼玉です」と真面目に答えたら、友だちのお父さんとその場にいたみんなが大笑いしました。
その夜にみんなの愛する広島の話を聞きました。
好きな店、美味しくない店、街で一番景色がいいスポット、広島カープなどについてみんなの熱い話を聞きました。
その夜にやっと旅の魅力がわかったような気がしました。
* * *
旅の魅力はガイドブックのチェックリストを全部チェックするだけではなくて、その場所の魂も味わうべきだと思います。
ガイドブックに載っていた広島焼きの店も美味しかったけれど、一番記憶に残っているのは友だちの家のすぐ隣りの広島焼きの店です。
広島焼きを食べながら焼いてくれるおばあさんの話がとても記憶に残っています。
ガイドブックにある店の雰囲気よりも、隣りの店の人の笑顔、お客さんの広島弁、その広島焼きの味は今でも覚えています。
数年後、「絵本講師・養成講座」を受講している時に安野光雅の『旅の絵本』に出会いました。
最初、あまり心に残りませんでしたが、3回目に読んだ時、絵の細かいところに人と人が話しているところを発見しました。
その二人を見た時になぜか広島の記憶がよみがえりました。
「この二人は再会した友だちかな? 会ったばっかりの他人? 近所のオススメ料理屋の話をしているのかな? 風景スポットの話をしているのかな? もしかして迷子になって道を聞いているのかな?」と思いながら、文字のない絵本から物語が自分の頭の中で始まって行くのを感じました。
旅の魅力を感じたからこそ、この絵本に今までとは違ったレベルで入り込むことができたと思います。
私が実際に経験したことと、この絵本の経験とは強いつながりがあると思います。
「絵本講師・養成講座」の中では「絵本はアルバムのようなものです」という話をよく聞きます。
経験がないとそのアルバムに入れる写真がありません。
最近、写真や映像はすごく綺麗になっています。
インターネットがあればいろんな国の風景を見ることができますが、なかなか記憶に残りません。
旅に出る時、カメラのレンズを通して楽しむだけでなく、ガイドブックどおりではなく、五感を使って自分の頭の中にたくさんの写真を撮るべきだと実感しています。
頭の中の写真はカメラの写真より鮮やかだと思います。
(ジェリー・マーティン)