たましいをゆさぶる子どもの本の世界

 

「絵本フォーラム」第115号・2017.11.10
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平明なおはなしで解き明かす井上ひさしの日本国憲法入門

『「けんぽう」のはなし』(講談社)

 

けんぽうのおはなし 台風ちかしで雨降りしきる日曜日。今日は衆院選の投票日だ。日課の早朝散歩は欠かせず、その足で投票所に。さすがに降雨・早朝の投票者はまばらである。この雨がどんな投票結果にどんな影響をあたえるか、不安がつのる。

 今回の衆院選、政府与党の無茶苦茶な自己都合解散であるばかりか、対する陣営もしっちゃかめっちゃかの大混乱。素性不詳の新党誕生や野党の離合集散ありで国民そっちのけの選挙になってしまったのだ。予想は巨大与党の圧勝。土壇場で登場のリベラルパーティと革新野党3党で組む連携体制がすべりこみで成立し、いくらかなりと対抗軸ができたのがせめてもの救いというしだいなのである。こんな選挙に650億円ともいう税金が投じられるのだからふざけているではないか。

 ふざけるなと、投票行為をほうきするわけにはいかない。軍事力規定具体化をもくろむ憲法改正を公約とし、原子力発電維持推進を性懲りもなくかかげる政党がいくつも存在する以上、ぼくら自身にかかわる重大事として真剣に考える。考えぬいて一票を投じる必要があるのではないか。あとで後悔しても取り返しがつかない。

 ところで、日本国憲法について、ぼくら日本人はどの程度の認識や意識をもっているのだろうか。学校教育のなかで憲法教育は厄介事と忖度されてはいまいかと疑ったり、憲法を語りにくい社会がありはしないかと、ときどき不安な気分になるのだ。

 そんなぼくらに、絶好の教科書が井上ひさし原案の『「けんぽう」のおはなし』である。気持ちよく教室に招き入れる武田美穂のイラストで登場する井上ひさし先生はどこまでもやさしく、絶妙のトークを生徒たちとくりひろげて日本国憲法の原理原則をみごとに解き明かしていく絵本となり、傑出の憲法読本にもなっている。子どもたちから、いや、なにより大人たちにぜひ読んでいただきたい絵本ではないだろうか。

 井上先生は、日本国憲法の3大基本原則【国民主権・基本的人権の尊重・平和主義】やの熟語はいっさい使わずに、それぞれの内実をびっくりするほどにおはなしや語りでわかりやすく解き明かしていくのである。

 例えば、井上ひさし先生は、3大原則をつぎのように解明していくのです。

 「総理大臣や国会議員の人たちって、えらそうにみえますね。でも、かれらは、べつにえらいわけではなく、わたしたちの”かわりの人”なのです」と、生徒たちの首をかしげさせ、「でも、えらんだ人がいつも正しいとはかぎらないから、それを、みんながちゃんとみてねまちがった方向へいこうとするときは正さなければなりません」と国民が政治家をみはって正すために憲法があることを語り、そして、「日本で生まれたとしても、いやなら、日本人にならなくてもいいんですよ」とはなし、現在の憲法がなかった自分の少年時代はすきなようには生きられなかったことを語る。さらに、B29という爆撃機が日本の上空をとびまわりこわくて空を見上げることができなかった体験をはなし、「どんよりくらかった空が、ぱーっと青空にかわった」と戦争のないありがたさを語る。豊かなこころに伝わるおはなしの数々が、そのまま、国民主権や基本的人権・平和主義の三原則を血肉化させて、自由・平等・権利・義務・戦争放棄などなど日本国憲法が規定する内実のあれこれを説いているのだ。なによりも、この憲法は、国民が主権者として国に守らせるものであることをやさしく説いている。

 憲法施行70年の今年、日本弁護士連合会が「憲法ポスター展」を企画する。入選作品金賞の標語がなかなかいい。小学生以下の部廣畠ふらわちゃんが「みんなとなかよくする」とうたい、中・高生の部14歳の小笠原伊織さんは「僕らのための70年:日本国憲法」の標語に平和主義・国民主権・人権尊重の3大原則を配した。

 大学生・一般の部は80歳の中川浩之さん。軍国少年で兵隊さんになりたかったという中川さんの標語は「子どもの頃の夢が、叶わなくて、よかった この憲法があったから」。現在と学童時写真に標語のコラージュ作品は戦時を体験した人物だから発信できる傑作となった。

 それにしても、故人となって天から俯瞰する井上ひさしは、混迷日本の現況をどのように見ているだろうか。

(おび・ただす)

『「けんぽう」のはなし』
原案・井上ひさし 絵・武田美穂

 

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