遠い世界への窓

東京大学教養学部非常勤講師
絵本翻訳者

 

新連載

遠い世界への窓

第6回の絵本

『イードのおくりもの』

イードのおくりもの

ファウズィア・ギラニ・ウィリアムズ/文
プロイティ・ロイ/絵
前田君江/訳

 この絵本のいちばんの魅力は、青、そしてオレンジ&イエローのコントラストです。ちょっとのんびりしているけど、とびきりオシャレで暖かい。それは、このおはなしのいちばんの魅力でもあります。

 ものがたりは、イスラームの断食月(ラマダン月)が終わるところからはじまります。太陽がのぼっている間、飲んだり食べたりしてはいけないというひと月が終わると、「一ヶ月、(断食を)やりきったぞ~」というお祭り、「イード」(*)をむかえます。

 イスラーム圏のイードは、キリスト教圏のクリスマスと新年をあわせたような盛り上がりです。美味しいごちそうに、新しい洋服。子どもたちはお年玉や甘いお菓子をもらって大はしゃぎ。そして、主人公で「くつ屋」のイスマトのように、大切な家族のためにプレゼントを買い求めます。

 ところで、この絵本は、どこの国のおはなしだと思いますか? 実は、翻訳した私も、どこのお話なのか、ちっとも分かりません! おはなしの原型は、トルコの昔話です。トルコでも、このお話の主人公は、くつ屋さんで、家族にイードのプレゼントをわたしながら、自分のために買ったズボンのすそ上げを「たのむよ」と言います。でも、奥さんも、お母さんも、娘さんもみんな、「無理だわ。だって、明日はイードですもの」と答えます。みんな、イードのご馳走作りに大忙しなのです。

 この絵本の中で女性たちが作っているお料理は、奥さんはビリヤニ(炊き込みごはん)、お母さんは甘いココナツスープ、そして、娘さんはサモサです。どれも、とっても美味しそう。そして、どれもインドの料理ですね。

 このお話を書いたファウズィアさんはアメリカ生まれ、アメリカ育ちですが、お父さんとお母さんはインド生まれのイスラーム教徒です。だから、アメリカにいても彼女の家では、きっとインド料理でイードのお祝いをしていたのでしょう。そして、この絵本をインドの(ヒンドゥー教徒の)イラストレーターと一緒に作って、インドの(ヒンドゥー教徒の人たちの)出版社から世に送り出しました。……ややこしい話は、これくらいにしておきましょうか。

 ズボンの「すそあげ」を断られたイスマトは、家に帰ると、自分でズボンの丈を短くします。だって、くつ屋さんですからね。なかなか見事な手つきです。「ゆび四本分」すそを切り落として、端をきれいに縫いました。

 イスマトが出かけている間、家族がそれぞれに、こっそりやってきます。「イスマトはいつも本当にやさしくしてくれるわ。やっぱり、ズボンの丈をつめてあげましょう」。

 まず、奥さんがやって来て、すそを「ゆび四本分」切り落としてから、端をチクチクぬいました。次にお母さんがやって来て、すそを「ゆび四本分」切り落としてから、端をチクチク。最後に、娘さんもやって来て、「ゆび四本分」切ってチクチク。さて、いったい、ゆび何本分、短くなったのかしら。そして、イードの朝、家族みんなが見つめるなか、新しいズボンをはいてみたイスマトは……?!

 トルコでも、インドでも、日本でも、そして、あなたがどこで生まれた人であっても、きっとこの物語は、暖かい笑いで包んでくれます。大切な家族と、ふるさとの美味しい料理があれば、ね。

 

(*)「イード」はアラビア語で「お祭り」を意味します。イスラーム教では、この絵本に出てくる「断食明けのイード」のほかに、メッカ巡礼の最終日に迎える「犠牲祭」とよばれるイードがあります。

    
(まえだ・きみえ)


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