遠い世界への窓

東京大学教養学部非常勤講師
絵本翻訳者

新連載

遠い世界への窓

第11回の絵本

『なつめやしのおむこさん』

なつめやしのおむこさん

『なつめやしのおむこさん』(市川里美/作、BL出版)

先日、旅行のお土産やおすそわけの「なつめやし」を、立て続けにあちらこちらからいただきました。いちばん美味しかったのは、アラブ首長国連邦のもので、アーモンドより一回り大きいくらいの、糖度の濃縮された、セミドライの甘いなつめやし。美しい濃い緋色をしていて、日本人には慣れ親しんだ干し柿みたいな味です。「デーツ」という英語名の方がなじみがあるという方も多いようですね。

 なつめやしは「ヤシ」というだけあって、南国ムード漂う背高のっぽの木に実をつけます。絵本『なつめやしのおむこさん』の表紙に描かれたなつめやしも、まるでウロコのような樹皮におおわれた見事な大木です。

 お話の舞台は、アラビア半島の国オマーン。主人公の男の子マンスールが、たくさんのやぎを連れて、なつめやしの木を見上げています。私はひと目でマンスールが大好きになりました。マンスールはまだそんなに大きくないはずなのに、もう立派なお兄さん! アラブ地域の男性がよく着ている、くるぶしまで裾のある白い服に、すてきな赤い模様の布を頭に巻いています。「どうして、あのなつめやしには実がならないの?」と口をとんがらせる様子が、なんとも言えず可愛らしい。「それはね、あの木はメスの木で、ひとりぼっちだからよ」と、マンスールのお母さんは答えます。

 そう、なつめやしには、雄木と雌木があり、両方揃わないと美味しい実をつけてはくれないのです。「もしオスの木がちかくにあれば、オスのかふんがかぜにのってメスの花とむすばれて、たくさんのあまい実をつけることができるの。おとうさんとおかあさんが むすばれて、おまえたちがうまれたようにね。」そう話してきかせるお母さんの言葉が素敵です。

 「それなら、あの木に、おむこさんがくればいいんだね!」と、マンスールは、ハムザという名の相棒のロバに乗って、山のむこうのやしの林まで、なつめやしのオスの木をもらいに出かけます。ところが、おかあさんにもらってきた水もパンも、マンスールとハムザは、あっという間にたいらげてしまいます。一夜を山のくぼみで過ごして、翌朝ふたたび歩き出したものの、ちっとも言うことを聞かないロバのハムザにてこずり、「これをオスの木とこうかんしてくれるようおねがいしなさい」と預かってきた、ひいおばあさんのコーヒーポットもみずうみに落としてしまいます。すわりこんで、途方にくれるマンスール。

 原作者の市川里美さんの絵は、やさしい鉛筆のタッチと水彩で描かれていて、ふんわりと風がただようかのよう。マンスールの気持ちも、私たちにそのまま伝わってきます。市川里美さんはフランスに暮らし、世界中を旅して、さまざまな土地や風土とそこに住む子どもたちの物語を届けてくれます。どれも奇想天外なファンタジーや冒険ではなく、身近な暮らしのなかで起こる、小さくて大きな出来事です。

 さて、なつめやしの林をもつ気難しいおじいさんから、マンスールは、無事にオスの木をもらうことができたのでしょうか。

 背高のっぽのなつめやしは、木の上の方に実をつけます。木の高さは数メートルのものから時には二十メートルを超えるものも。収穫には、体と幹を帯でゆるく結んでバランスを取りながら、高い木の上まで人が登って行きます。多くの木を栽培するときに欠かせない受粉作業も、実は大変な重労働で、機械化も進められています。

 甘くて栄養満点のなつめやしは、昔から乾燥地域に暮らす人たちの重要な栄養源でした。また、日中の間、食べたり飲んだりすることを控える断食月には、日が暮れてお祈りをすませると、まず紅茶となつめやしで空っぽのお腹をいたわります。いきなりご馳走を食べたら、お腹がびっくりしてしまいますものね。

 なつめやしのおむこさんを探す小さな旅から帰ったマンスールは、少し大きく見えます。なつめやしの収穫に欠かせない木登りも、大の得意ですからね。きっと、たくさんの美味しい実をみんなに食べさせてあげたことでしょう。


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