ジェリーの日本見聞録8

 

『あのひと』

あのひと 仏像に初めて出会ったのは高校1年生の時でした。世界史の教科書に鎌倉の大仏さまの写真がありました。他の写真は白黒でしたが、大仏さまだけカラーでした。白い雲、青い空、緑の山、グレーの大仏さまだけのシンプルな写真が美しかったのを今でも覚えています。けれど、自分の目で本物を見ることができるとはその時は思ってもいませんでした。次の出会いは4年後の短大生の時です。世界美術の教科書に有名な興福寺の阿修羅像が載っていたのです。その写真は白黒でしたが、その人に一目惚れしてしまいました。目のところから腕の数まで好きになりました。ですが「仏像」という言葉は、当時はまだ知りませんでした。

 さらに4年が経ち、日本語を勉強している最中に日本史の教科書の中で初めて「仏像」の言葉を発見しました。初めて見た文字です。手を上げて先生に聞きました。「これってフランスのアートの意味ですか」と。

 仲のいい先生がクスクス笑いながら「確かに、『仏』の漢字は『フランス』の国の意味もありますが、基本的には『仏教』の意味ですよ」と答えてくれました。正解は、仏教のアートでした。その時まで私にとっての仏教のイメージは、ブッダだけでした。日本仏教のアートのイメージは全くありませんでしたので、すぐに大学の図書館に行って日本美術についての本を探しました。図書館のカビ臭い3階で、大きな本のページをめくりながら、その人と再会しました。今回はカラーでしたが、間違いなく阿修羅像でした。けれど今回、阿修羅像は1人ではありませんでした。

  飛鳥時代のちょっと可愛い仏像、白鳳時代のちょっとギリシャ神話っぽい仏像、鎌倉時代の運慶作の仏像、室町時代の絵巻物から出てきたような仏像、阿修羅像の友達がたくさんいました。

 それからまた5年後、仕事で来日中に、上野公園を友達と歩いていたら大きなポスターに「仏像」の2文字を見つけました! すぐにチケットを買って見に行きました。そこでは新しい出会いが待っていました。東北から集めてきた円空が作った仏像たちでした。これでまた新しい形の仏像に出会うことが出来ました。

 その後2011年に、1泊2日の旅に「仏像ツアー」の名前を付けて奈良に行きました。行く前に見たいものを全部調べて、ガイドブックの中に書き込んだらメモだらけになってしまいました。近鉄奈良駅に着いた時からドキドキしていました。「アノ人に会える!どうしよう?!」と思いながら歩き始めました。出会った鹿たちに「これからアノ人に会いに行きますよ!」と心の声で叫びました。木々の間から興福寺の五重塔が見えてきました。興福寺に着いたら、すごく混んでいたのでビックリしました!世の中には私以外にも仏像好きの人たちがいると初めてわかりました。「本当に会えるのかな?」とちょっと不安になりながら、チケットを買い、入り口に並びました。

 興福寺の美術館の中にはたくさんの仏像がありました。彫りたてに見える仏像、災難などえらい目にあった仏像もいました。「アノ人に会える前に、家族に挨拶している感じがする」と思いました。それでやっとアノ人の部屋に着きました。角を曲がったらいきなりアノ人と7人の兄弟がいました。ずっと並んで、やっと阿修羅像(=アノ人)の前に立ちました。緊張しすぎて、心の声や普通の声も出ませんでした。けれどアノ人と目と合わせたら「やっと会えたな」と、語りかけてきているかのような眼差しをしていました。

 中川学氏の『だいぶつさまのうんどうかい』の絵本を手にした時に、この記憶が脳の引き出しから全部飛び出しました。絵本は本当にアルバムのような物です。その絵本を開いた時から、20年分の思い出が一気に湧き上がりました。本は紙とインクで出来ていますが、とても不思議な力を持っています。
(ジェリー・マーティン)

 

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