たましいをゆさぶる子どもの本の世界

 

「絵本フォーラム」第123号・2019.03.10
●●112

普遍性のあるたいせつなことをやさしく語りかける。
読みつがれる70年の年月

『たいせつなこと』(フレーベル館)

 

たいせつなこと あなたにとって、たいせつなこととはどんなことか。たいせつなことをひとつやふたつでなく数えきれないほど抱えている人も多いだろう。

  では、あなたと家族にとって、たいせつなことは何か。あるいは、あなたと友だちにとってはどうか。さらに、あなたと地域の人びとや、あなたと全国の人びと、あなたと世界の人びとにとって、共通に抱くたいせつなこととはどんなことか。さらにさらに、あなたと動植物や自然社会にとって、たいせつなこととは?……、と問う。

  ただひとりだけのたいせつなことは複数の人びとや自然社会のたいせつなことすべてと決して重ならない。複数から多数へと広がるにつれて共通するたいせつなことは漸減する。それは、しだいに普遍的な道理に近づいてゆくのだと思う。いのち、しかり。人が生まれながらに持っている基本的人権、しかり。……戦争のない平和な社会もしかり、ではないか。

  『ぼく にげちゃうよ』で母と子の普遍的な愛情のつながりを描いたマーガレット・ワイズ・ブラウンも日常生活で目にするモノや事象のなかにそれぞれ固有のたいせつなことがあることを発見してことばを紡ぎ、絵本『たいせつなこと』を生み出した。ほぼ70年も前の作品だが今まさに輝きを放つ作品だと思う。イラストは『なつのいなかのおとのほん』などの往年の創作コンビであるレナード・ワイスガードが担当。テキストに調和する素朴な味わいは格別な趣きだろう。

  スプーンにとってたいせつなことは、それをつかうとじょうずにたべられることと語り、しろいひなぎくにとっては、しろくあること。雨は、みずみずしくうるおすことであり、雪にとっては、変わらず白いことがたいせつなことと語りつづけるのだ。

 そらにとってたいせつなことを彼女はつぎのように紡ぎ語る。日本語訳はうちだややこ。絵本翻訳はじめての作品で傑作をものにしている。

そらは いつも そこに ある/まぎれもなく あおくて/たかくて くうきに みちている/………/でも そらに とって/たいせつなのは/いつも そこに ある と いうこと

 どうだろうか。連綿と時間や時代を超えてぼくらの天井に君臨するそら。そらにとってたいせつなことは、いつもそこにありつづけるということと言う。なるほど、とうならせるではないか。

 で、最後に、ぼくら人間に対して、「あなたは あなた」と語りかけながら宣言するように詩文を結んでいる。

あかちゃんだった あなたは/からだと こころを ふくらませ/ちいさな いちにんまえに なりました/…………/でも あなたに とって/ たいせつなのは/ あなたが/あなたで/あること

 何時の場合も、自分を見失うな、ということだろうか。

 自分の自分たるそのもの性。つまり、個人個人の持つアイデンティティをたいせつにすることは万人に通じる普遍性を持つということだろう。ぼくも正しくそう想う。日常の視界に生起する事象を捉えて、やさしい語り口の詩文の名調子は最終章にいたり、ずんと胸を打つ。

 未曽有のグローバル情報社会で世界中が大国までもが混乱渦中にあり、うつろで怪しい言葉がただただ氾濫する現況にあって、日本においても多方面で劣化現象があらわになってきたように、ぼくは思う。

  多勢を武器に傍若無人にふるまう内閣から、現出するわが子やわが親を殺めるというおぞましい現在社会。かつてかがやくような表情をふりまく無垢の幼児であったはずのすべての人々に、作品は今、たいせつなこととはなにか、と一考をうながしているようである。ロングセラーのエビデンス絵本だろう。

 

(『たいせつなこと』 М・W・ブラウン:さく L・ワイスガード:え うちだややこ:やく フレーベル館) )

 

 

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