えほん育児日記
〜絵本フォーラム第57号(2008年03.10)より〜

お姉ちゃんの誕生

 その日、私たち夫婦は2つの誕生を目の当たりにした。1つは次女の誕生。もう1つは“お姉ちゃん”の誕生である。妹が生まれたのであるから長女がお姉ちゃんになるのは当然なのだが、この日長女はさなぎが蝶になるように姉への成長過程を私たちの前に鮮やかに示してくれた。

 次女は自宅にて家族全員とすっかり親しくなった助産師さんたちに囲まれて、皆の嬉し涙が溢れる中、命の響きを大きな産声にのせて産まれてきた。『いのちは見えるよ』を体感する瞬間にほかならなかった。そのあまりの輝きに、歓びに、大きさにただただ感動し涙がこぼれていた。そこで出番だとばかりに張り切ったのが長女である。「抱っこする−!」まだ羊膜がはりついていててかてかの次女を座ったまま腕の中に抱かせてもらいご満悦である。お姉ちゃんになるための自主練習がいかされたのである。
  出産の片づけが行われる中、長女が何度目かの抱っこさせての要求をし、次女に歩み寄った瞬間だった。「ふぎゃー」次女が泣いた。と、長女が大声で泣き出したのである。「!!」皆、何事かと驚いた。「なづなちゃんはゆーちゃんのこと嫌いなんだー。なづなちゃんなんて嫌いだー!パパもママもみんな嫌いだー!誰とも遊んであげないんだー!」それはもう見事な号泣であった。次女が泣いたのは驚いたからでもなく、赤ちゃんらしいそれだったのだが、長女は嫌い嫌いを連発し、わたしの手に顔を埋めて泣きじゃくっていた。
  母になりたての頃のわたしだったら「嫌いなんて言わないで」と言っただろう。「嫌い」という言葉に不安や寂しさを感じただろう。でも今、その嫌いの言葉に 1 ミリの不安も感じなかった。私たちには一緒に絵本に心を揺らして過ごした時間の積み重ねがあったからだ。その時に私が感じたのは「愛しさ」だった。

 妊娠も後期に入り、私のお腹も目立ちだしてから娘がよく「読んで」と持ってくるようになった絵本がある。『すきときどききらい』である。ずっと以前から本棚に並んではいたが、それまでは「しっこっこの本」と呼んでおり内容よりも文中の語の響きに興味を示したくらいで 3 度ほどしか娘が手に取ったことはなかった。それがよくリクエストするようになり、呼び名も「すきだけどきらいの本」になっていた。
  周りの皆に言われる「お姉ちゃんになるんだね」の台詞。突然目の前にふってきたよく分からない事態。絵本を読むことで分からないものとの間を埋めようとしているかのようだった。そうやって娘は姉になる準備をし、「妹ができるの嬉しい」と言って誕生を待った。
  そして誕生。大人たちが見守り、嬉しさで涙するいつもとは違う光景。想像のものだった妹が、現実のものとしてそこにいて、大人たちが愛しそうに抱き、なんとも言えないやわらかな表情をむけている。そんな中、娘は準備していた姉としての行動をやってのけた。うんと背伸びでつま先立ちで。
  そして次女が泣くという小さな小さな小石につまづいたのだ。バターンという大きな音をたてて転んだ。「小石があったからだ」と泣くことができた。でも、涙は背伸びしてつま先立ちで歩くことを知ったからこぼれたのだろう。娘は『すきときどききらい』にあるような、言葉にならない気持ちを体験したのだ。 姉になった喜び、色々してあげたい気持ち、言いようのない不安、寂しさ色々なものが入り混じった感情である。
  私の手にしがみついて甘え「ママがね、なづなちゃんだけのママになっちゃうかと思った」と言って気がすむまで泣いて娘は「なづなちゃん抱っこするー」と言って笑った。「上手に抱っこできるね」と言う大人たちに「だってお姉ちゃんだもん」と得意そうに笑って妹に呼びかける姿はお姉ちゃんそのものだった。自ら姉になったのである。

 そんな忘れられない 1 日があって私たちは 4 人家族になった。夫婦で相談したわけではないが、夫も私も時間に追われる日々となった今の方が長女との絵本タイムを大切にしている。次女を抱っこであやしているとき、長女が「ページをめくってあげるから立ったまま読んで」と言う。それにも笑顔で「読もうか」となる。私も夫も知っている。その時間が娘の心をふんわりとやわらかく耕し、豊かに育てることを。つながっているという満ち足りた思いをそれぞれに運ぶことを。忙しさにささくれだったわたしたちの心をなめらかにしてくれることを。

 子ども達が寝ている時、夫婦で赤ちゃん絵本をめくる。懐かしい絵本達が長女が赤ちゃんだった頃の忘れていた思い出を連れてくる。夫婦でその記憶を味わいながら、次女を交えて再び読む日が来るのを楽しみに思う。

きっと思うようにならない日々だ。必死になっている顔に今日も「ゆーちゃんの妹を怒らないで!」と長女に言われてしまうかもしれない。長女に寂しい思いをさせることもあるだろう。でも大丈夫。二つの絵本タイムがわたしに力強くそう言える力をくれている。

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