こども歳時記

〜絵本フォーラム75号(2011年03.10)より〜

心に深くしまわれた物語の力

 三月。一年前に始まった新生活を思い返す人も多いのではないでしょうか。どの家庭にも、心通い合うお話があったことと思います。それは、親子で一緒に読んだ絵本のお話でもあるでしょう。家族で語り合う「我が家の物語」でもあるでしょう。家庭生活の中にお話があることは、大人も子どもも、生きる力を得る場所があるということだと思うのです。

 我が家には、七歳、五歳、二歳の三人の子どもがいます。私は、子どもたちに、彼らが小さかったときの話をよくします。お腹にいた頃の話、おっぱいを飲んでいた頃の話、しゃべり始めの頃のかわいかったこと。それは、親子で過ごした大切な時間の記憶であり、親子の物語です。子どもたちは、自分の話も兄弟姉妹の話も、目を輝かせて聴いています。覚えるほどに何度も聞いて知っている話なのですが、お気に入りの箇所では「そこのところ、もういっぺん話して」と繰り返しをせがみます。満足するだけ聞くと、なんだか、皆でおいしいものでも食べたような顔をして、それぞれの遊びにもどっていきます。私は、このひとときをいつまでも大切にしたいと思っています。

 『おかあさんの目』(あまん きみこ作 くろい けん絵 あかね書房)の中のお母さんが言います。「うつくしいものに出会ったら、いっしょうけんめい見つめなさい。見つめると、それが目ににじんで、ちゃあんと心にすみつくのよ。」娘が、お母さんの目の中に見たものは、お母さんの心の中に大切にしまわれている物語でした。あまんきみこさんの随筆集『空の絵本』(童心社)には、若くして亡くされたお母さんの想い出が、美しい絵のようにちりばめられ、読む人の心を打ちます。あまんさんは、こう書いています。「幼い子どものときに出会った情景、風景、言葉は、心の芯に深くしまわれ、時を経てひらりとよみがえってくる―、そしてその人を励ましたり癒したりする―」

 季節は春の只中へ。学校帰りの子どもたちの歓声が遠く近く、聞こえてきます。あふれるように咲く花々や、黒い土から現れるみずみずしい緑に目を見張りながら、子どもたちのこれからの成長を思います。「あなたが小さかったときにはねえ」で始まる家族の物語が、子どもの心の芯に大切にしまわれ、闇の中ではあたたかく寄り添う光となるようにと、心から願うのです。

なかむら・ふみ(絵本講師)


『おかあさんの目』
(あかね書房)

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