絵本のちから 過本の可能性

「絵本フォーラム」76号・2011.05.10

『絵本講師・養成講座』を受講して
— 絵本講師の勉強が自分の人生と向き合うきっかけに —

川口 結実 (東京会場)

1976 年東京都生まれ。長女が 0 歳の頃より絵本で子育てを開始。 5 歳になる前から長女が流暢に絵本を読み出しはじめ、その姿に驚くと同時に、絵本で読み聞かせの凄さを感じる。論理的な絵本の良さを知りたくて、東京 7 期を受講。 2011 年 4 月より、世田谷区経堂を拠点に絵本講座を開始。家族は、絵本好きの長女、次女、夫。


 「絵本講師・養成講座」の修了式を 2 週間後に控えた 2011 年 3 月 11 日。私は、風邪で学校を休んだ長女と一緒に自宅にいた。体調が戻ってきたため、長女を散歩に連れて行こうと思ったその時、突然強い地震が起こった。立っていられないほどの大きな揺れの中、とっさに長女を抱き寄せて部屋の真ん中に座り込み揺れがおさまるのを待つが、いつまでたっても止む様子はない。まだかまだか・・・と天井部分を見つめていると、娘が「ママ苦しい」とか弱い声で言った。強く抱き締めすぎて、つい首のあたりまで手を回してしまっていたのだ。地震は一旦おさまるものの、余震がたび重なり続く。ただならぬ状況を感じ、ひとまず次女を保育園に迎えにいかなければと、長女と一緒に車に乗り込んだ。ラジオを付けると、東北三陸沖で 15 mもの大津波が発生したと伝えている。未曾有の大震災の現状が浮き彫りになってゆく・・・私は愕然としながらも車を走らせた。

 地震発生後から 10 日後の春分の日、祖母が 93 年の人生を全うした。大正の関東大震災を経験し、太平洋戦争下での子育て・・・大正・昭和・平成と苦難のなか長生きした祖母。私はその祖母と 20 歳まで一緒に暮らしていた。 2 人の姉、そして下に弟の 4 人きょうだい。二世帯同居7人家族の生活は、幼少の頃の私にたくさんの愛を授けた。今では、「大家族っていいな」。そう思えるのだが、実は講座を受講する前はちょっと違っていた。

 講座を受講し回を重ねるにつれて実感したことは、こどもに愛情を注ぐことの大切さだった。様々な切り口でその重要性を学んでゆくうちに、私は自分の子ども時代に思いを馳せることが多くなった。私は今まで、両親や家族に対して「ああ してほしかった」「こうしてもらいたかった」という幼少の頃からの積年の思いを感じながら生きていた。両親が共稼ぎだったため祖母に育てられてきた私は、何かと他の家庭と比較してはそんな自分の身の上を蔑んでいたのだ。

 しかし、それは大きな間違いであることに気が付いた。何より、自分が子育てに身を投じてみて気が付いたのは、人を育てることの大変さだった。過去の自分と自分の子どもたちを重ね合わせると、なんて恵まれていたんだろうと思えるようになり、両親や祖母、きょうだい達に対する感謝の念が自然と湧いてきた。「お婆ちゃんがいるって、沢山のきょうだいがいるって何て温かいんだろう」と。

 人は誰でも、大人の力を借りながら大人の階段を登ってゆく。大人 = 先人の力を借りて成長することの有難さは、人の喜怒哀楽として絵本に数多く遺されている。そんな絵本は、先人である私たち大人と、後人である子孫 = 子どもたちを繋ぐバトンのようなものだと思う。

 絵本は、人生についてしみじみと考えることができる素晴らしい本なのだ。それが、「絵本講師・養成講座」で発見した最も重要なことだと感じる。

 また、絵本は映像メディアに引けをとらないエンターティメントだということにも気が付いた。絵本は、作家が読み手のために丁寧に作った「芸術作品」であることを、後世に伝えてゆきたい。

 甚大な被害をもたらした東日本大震災。

 様々な点を配慮し、 3 月 26 日に予定していた第7期の修了式は中止となった。同期の中には東京より北から通学していた方もいたので、事務局ではぎりぎりまで協議した結果の中止であったとのこと。きっと森理事長をはじめ、藤井専任講師や事務局の方々にとっても、お辛い決断であったことだろう。

 震災直後に即座に心配したのは、現地の被災した子どもたちの心の中だ。このような思いがけない事態を目の当たりにした子どもたちは、この体験が心の傷として記憶に残り、恐怖に感じてしまうだろう。現地だけではなく、テレビを通じて震災の悲惨な状況を知った他の子どもたちにも、同様の状況が考えられる。絵本は、大人が子どもに与える「愛情」表現であると同時に、「大丈夫だよ、守ってあげるよ」という安心感も伝えることができる。こんな世の中だからこそ、日本中に絵本を行き渡らせて、絵本で心を豊かにしてほしい。そして私も絵本講師として、そのお手伝いをさせて頂こうと思う。日本中を愛でいっぱいにするために、講座で学んだことと私の経験を重ねながら、絵本の良さを伝えてゆきたい。(かわぐち・ゆみ)


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