えほん育児日記
〜絵本フォーラム第77号(2011年07.10)より〜

作者のぶれることのない「いのち」への尊厳と敬意をあらためて感じいる

『ごろはちだいみょうじん』

中川正文 / さく、 梶山俊夫 / え、福音館書店

津田 美恵 (絵本講師)

 軽快でどこか懐かしいような大和ことばではじまるこの物語。そして、ことばに融けこむような絵と共に大好きな昔話を期待しつつ私はページを手繰っていきました。
  一匹のたぬきの茶目っ気たっぷりの悪さをはじめはおもしろおかしく楽しんでいましたが、読み終えたとき、遥か 30 年余り前手にしたある一冊の本のことを思い出していました。
  当時鉄道院(国鉄の前身)の職員であった長野政雄という人が、列車の連結器が外れ客車が暴走するのを自分の身を挺して止め、多くの乗客を救ったという事実を描いた三浦綾子著「塩狩峠」という本です

  。確か十代後半の頃読んだと記憶しているのですが、あまりの強烈な悲しみと衝撃的な出来事に布団の中で号泣(大げさではなく本当にそれは号泣と呼べるべきものでした)したことを今でもしっかりと覚えています。後にも先にも書物を読んであれほど涙を流したことはなかったような気がします。

 この「ごろはちだいみょうじん」は人間ではないものの、たぬきのごろはちが自らの命を投げ出して村の人々を汽車から守ったというお話は、やっぱり涙なくしては読めませんでした。
  村のたいていの人はこのたぬきに騙されたりいたずらをされたりしていたのに、大明神と慕いお供え物さえかかさずにされていたというところから視ても根っからの悪狸ではなかったようです。
  むしろもう既に憎めない村の一員ですらあったのかも知れません。受け入れられ愛されていたからこそ、ここぞというとき一瞬の迷いも無く、図り知ることのできないようなあの勇敢な行動が取れたのでしょう。

 作者の中川正文氏は、決して自己犠牲を核にこの独創的なこの物語を書かれたのではないと思います。人を思いやる気持ちの美しさを私達にストレートに教えてくれ、またこのごろはちの生き様を通して“人はどう生きていくべきか”を問いかけてくれているのではないでしょうか。作者のぶれることのない「いのち」への尊厳と敬意をあらためて感じ入ったのでした。(つだ・みえ)

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