えほん育児日記
〜絵本フォーラム第80号(2012年01.10)より〜

声をあげていかなくては

熊懐 賀代 (絵本講師)

 我が子の幸せを願うたくさんのお母さんを、私は知っている。
 もちろん私も、そのひとり。初めて私のところに赤ちゃんが来てくれたと知ったときから、何より大事にいとおしく思い、この子のために一番よいように間違えることのないようにと、迷ったり悩んだりしながらやってきた。
 そして、我が子だけの幸せなんてあり得ない、この子の友達も楽しいからこの子も楽しい。この子の生きていく世界が幸せであるようにと、我が家の外にも目を向けてやってきたつもりだった。
 今年三月に、大きな地震とその後に襲ってきた津波が、たくさんの人のかけがえのない生活を命を奪っていき、続いて起きた原発の事故は、この国の自然を、子ども達の遊び場を、私たちの大事な食べ物をすっかり汚してしまった。
 今年も旬を迎えた美しいりんごを家族のために剥きながら、北の国でりんごの樹を守り大事にこの実をもいで箱に詰めてくれた人は、この一年どんな思いでやってこられたのだろうかと思う。お誕生から百日のお祝いで、お食い初め、とほんの一粒愛らしい口に運んであげるお米が、目には見えない放射能で汚れてしまっているなんて、たまらない。その上これは、農家の方がだいじに育てて収穫してくれた尊いお米なのにと思うと、もっともっとたまらない。

  私は、原子力発電の仕組みを初めて社会科で習った時から、死の灰と同じごみが出続けるからやめた方がいい、と思ってきた。国内外での事故のニュースの度に、日本も早くやめたらいいのに、と思った。そういう意味では私は決して「安全神話に騙されて」なんかいなかった。ずっと反対だった。でもこれまで私がしてきたことは、原発反対の署名があればすすんで参加した。それだけだった。
 子どもの幸せを願う私たち、母たち、親たちは、もっと社会に声を届けなくてはならなかったんだと、今思う。
 子育て中の親にとって、日々我が家の中をそれなりにやっていくだけだって十分に大変だけれど、それでも私たちは子ども達が将来生きていく社会に目を向けて、考えることをしなくちゃならない。メッセージを発信しなくちゃならない。
 それぞれの家庭の中にあるように思われる子育ての営みは、家族を包む社会のありようと、切っても切れない関係にあるのだと、今ほど強く思ったことはない。

 ところで今、社会の方は、子育て中の母(親)に向けてどんなメッセージを送っているのだろうか。
 私の手元に『教室はまちがうところだ』(蒔田晋治・作 長谷川知子・絵 子どもの未来社)という絵本がある。


≪教室はまちがうところだ
 みんなどしどし手をあげて
 まちがった意見を言おうじゃないか
 まちがった答えを言おうじゃないか
 まちがうことをおそれちゃいけない
 まちがったものをわらっちゃいけない≫

 これは学校で先生が生徒に語りかける詩だが、学校だけでなく『学ぶ』という営みすべてにこの精神は通じる、と和田浩さんという小児科のお医者さんは言う。子育て初心者のお父さんお母さんが親として成長していく場合には、社会全体がお母さんにとって「間違えてもいいよ」「笑ったり責めたりしないよ」という『教室』になる必要がある、と。
 現実にはしかし、子育てをめぐるたくさんの情報の波にもまれて、まちがっちゃいけない!いったいどれが正しいの?と悲鳴をあげそうになっている新米お母さんがたくさんいる。そのために肝心の我が子のありのままを自分の目で見ることを忘れてしまっていることがある。子どもの夜泣きに、虐待通報されるんじゃないかとおろおろ途方にくれるママがいる。

 絵本をどうぞ、読んであげてくださいね、と私が言う。最初からちゃんと見てくれなくても、聞いてくれなくてもいいのよ。好きなところばかり何度も読んでって言われたら、ぜひそうしてあげてね。~本当にそんなでも?それでも読むの?〜そうそう、それでいいからね。だから今日は絵本借りて帰ってね。
 絵本を読んだら自分がちょっと落ち着いた、と若いママが言った。母子二人で息が詰まりそうな部屋に絵本があって、ほっとしたような感じがする、と。困ってる、わからない、とSOSを出してくれてよかったと思う。

 ≪まちがったって わらったり
  ばかにしたり おこったり
  そんなものはおりゃあせん

  まちがったって だれかがよ
  なおしてくれるし 教えてくれる
  困ったときには先生が
  ない知恵しぼって 教えるで
  そんな教室 作ろうやあ≫

 新米ママ、パパにとって、こんなおおらかな教室のような社会であるといい。そして、まだまだ間違うけど『新米』はそろそろ卒業したかなと思えてきたら、『先生』ではなくとも『先輩』として知恵を出し合って、社会の間違いに声を上げていかなくてはならない。

 かけがえのない子ども達の未来のために。

 子どもの幸せを願うお母さんたち自身が、幸せに子育てをしていけますように。

                    (くまだき・かよ)

前へ ★ 次へ