こども歳時記

〜絵本フォーラム80号(2012年01.10)より〜

子どもたちに何が出来るのか

 新しい年が始まりました。しかし手放しにおめでとうと言うには、まだ気持がついていかないように思います。昨年は悲しい出来事が多すぎました。東日本に今なお深く残る震災の爪あと。放射性物質を放出し続ける原発事故。せめて子どもたちが笑顔で暮らしていけるように「何かしなければ」と思いながらも手を拱くばかりの自分自身に対するジレンマと失望。焦燥に駆られながら過ごす日々でした。

 昨年はそんな中にも、すばらしい出会いがありました。本誌78号の特集でインタビューに応えてくださった京都大学原子炉実験所助教、小出裕章先生との出会いです。そして、お話の中で小出先生が言われた宮沢賢治の《世界ぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない。個性の優れる方面において、各々止むなき表現をなせ》という言葉に、私に出来ることを一歩ずつしっかりとやっていこうと思ったのです。

 さて、私にとっての「止むなき表現」と考えた時に頭に浮かんだのは、やはり絵本でした。そして、いまひとつ心に浮かんだのは、故中川正文先生がいつもおっしゃっていた「絵本を仲立ちにして親と子がともに成長していく」という言葉でした。

 昨年末にブータン国王夫妻が来日され、親日家であるその国王の人となりとブータンの国民の心の豊かさが大きく報じられました。けっして経済的には豊かではないけれど国民の一人ひとりが幸せを感じている。そんな現在のブータンの風景を見ているとまるで昭和の初め頃の日本を彷彿させてくれます。
 中川先生が遺してくださった数々のすてきな絵本の中に『きつねやぶのまんけはん』(中川正文作・伊藤秀夫画・NPO法人「絵本で子育て」センター)という一冊があります。この絵本の中には、かつて私たちが持っていた豊かさがぎっしりと詰まっています。開け放たれた家々の戸を人々は自由に行き来し、時には意見をぶつけ合い、また時には互いを思いやります。のんびりとした時間の流れに手つかずの自然との共存を楽しんでいます。現代の私たちは、便利さと引き換えにこの豊かさを売り渡してしまったのだと、ページをめくりながらしみじみと感じるのです。この失くしてしまった本当の豊かさを取り戻すために、私たちがしなければいけないことは、ごまんとあります。何から手をつけて良いのやらと迷います。そして、最初に戻ります。私の出来ること、それは絵本で伝えていくことです。

 これからもたくさんの子育て中のお母さんやお父さん、そして子どもたちに出会うでしょう。みなさんと一歩ずつ、今、何が一番大切なのかを絵本を通してともに考え、ともに学び成長したいと思っています。

 絵本の中で、まんけはんもこう言っています「とにかく、ふだんが、かんじんや」と。

大長 咲子(だいちょう・さきこ)


『きつねやぶのまんけはん』
(NPO法人「絵本で子育て」
          センター)

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