えほん育児日記
〜絵本フォーラム第87号(2013年03.10)より〜

絵本とコミュニケーション

Jerry G. Martin(絵本講師)

 仕事が早く終わった日は、帰り道に図書館や書店に寄って「絵本」を手に取ってみる。
 これが最近の私の楽しみになっています。
 こう書くと誤解されてしまうかもしれませんが、毎日多くの子どもたちに英語を教えている私にとっては、絵本が子どもとのコミュニケーションの方法を教えてくれるいわば「教科書」であり、私の心がいつも健康でいられるための「薬」でもあります。

 日本に住み始めてから8年。仕事と家との往復の毎日。親も兄弟もいないこの日本で、私の拠りどころは子どもの頃から好きだった絵本にありました。
 購入し、読み終えた絵本は「私の大切なもの」として本棚にきれいに保存して、ほとんど他の人の手に触れることはありませんでしたが、一昨年それを覆すようなことが自分のなかで起こりました。

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 それは絵本講師の資格を取るために通い始めた、NPO法人「絵本で子育て」センター主催の「絵本講師・養成講座」でのこと。ここでの「出会い」がそれまでの自分を大きく変えました。
 それまで絵本は自分が読んで本棚にしまうもの、言わば「私個人の大切なもの」でした。しかし「絵本講師・養成講座」で学び始め、一巻目のテキストを読み終えた頃には自分の中でも変化を感じるようになりました。そして「どうして絵本が子育てに必要か」「どうして絵本の読み聞かせが必要か」をあらためて理解しました。
 今まで「私の大切なもの」であったのが、突然「皆にも読んで欲しい」という気持ちになりました。さらに、皆の心が健康でいられるための「薬」であって欲しい物になり、友人にも進んでプレゼントするようになりました。

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 例えば、恋に悩んでいる友人には、『じぶんだけのいろ―いろいろさがしたカメレオンのはなし』(レオ・レオニ/著、谷川 俊太郎/翻訳、好学社)をあげました。
 仕事で悩んで「何のために働いているの?」か分からなくなっている友人には、『かあさんのいす』(ベラ B・ウィリアムズ/著、佐野洋子/翻訳、あかね書房)を。
 仕事でミスをして落ち込んでいた友人には、『バルボンさんのおでかけ』(とよた かずひこ/著、アリス館)をお菓子と一緒にあげました。
 なかでも仕事で悩んでいた友人とのことは、私にとって忘れられない出来事となりました。
 ある日その友人と会った時に、仕事であったことを泣きながら打明けてくれましたが、その時私は自分が体験したことが無い辛さを、ただ話を聞いてあげることしか出来ず、とても歯がゆい思いをしました。
 その数日後、友人からメールが届き「(プレゼントしてくれた)絵本のおかげで、やっと自分のなかにあるものの整理が出来ました。絵本は素晴らしいものなんですね」というような内容が書かれているのを目にし、驚きと嬉しさから何度も読み返しました。
 そして手元にあった絵本を取り、まじまじと見ては「この集まった紙と絵の具のおかげで『人の心が開けるなんて!』」と思いながら、強い衝撃を受けたのを覚えています。
 その時「絵本はただのものではないんだ!」と気付きました。今まで大好きだった絵本たちのイメージも変わりました。そして何より、絵本はコミュニケーションの一つの方法なんだなぁ、とあらためて実感しました。

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 ある日の晩、仕事を終えて家に帰り ふと部屋の本棚を見ると、私が一番好きな絵本『にぐるまひいて』(ドナルド・ホール/著、 もきかずこ /翻訳、ほるぷ出版)が目に入ってきました。
 思わず手に取り、読み始めました。もう何度も何度も読んできた絵本なのに、その日は最後まで読み終えたときに、ふと両親が営む牧場や笑いが絶えなかった楽しい家族の事を思い出し、急にさびしくなり泣いてしまいました。それでアメリカに住む両親へ電話をしてしまいました。
 励ましてくれる母の元気そうな声を聞いて、私の心も温かい気持ちになりました。普段ホームシックにならない私にとっては、自分でも信じられない程とても珍しいことでした。
 ただ分かったのは、絵本は「人の心と心をつなぐコミュニケーションツール」なのだということです。そのツールを活かし、絵本講師の私はこれからも絵本が持つ「絵の力」と「言葉の力」の素晴らしさをたくさんの人に語り伝えていきたいと思っています。

                  (じぇりー・まーてぃん)

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