えほん育児日記
〜絵本フォーラム第90号(2013年09.10)より〜

親子の歩みを助けてくれる強い味方

野口 理英(絵本講師)

 「絵本講師」として地域の保育園や幼稚園、小学校、図書館で、赤ちゃん向けのお話し会、保護者や職員向けの講座をさせていただくようになってから、もうすぐ2年になります。私自身は小学生の子を持つ母親で、自己主張の激しい年頃の息子に毎日手を焼く母親修業中の身。そんな私が「絵本で子育て講座」、〈子育て〉と名のつく講座をさせていただくことに躊躇いを感じることもあります。でも絵本の力・読み聞かせの可能性についてはしっかり学んできたし、今もなお学び続けています。「絵本講師」の根本的な役割は「絵本で子育て」をお薦めすることです。若いお父さんお母さんに楽しい子育てをしてほしいとの強い思いから自分を奮い立たせ、今も続いている息子との絵本のある生活と数々の育児失敗談を交えながらお話させていただいています。

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 先日、久しぶりに母子手帳の〈保護者の自由記入欄〉を見てみました。生後1か月、3〜4か月のどちらも真っ白。当時の私は、抱っこか添い寝でないと眠れなかった息子を一日中抱っこし、必死で子守唄を歌っていたのです。

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 赤ちゃんお話し会では、後ろからお母さんに支えられてやっとお座りが出来るような生後4、5か月頃の赤ちゃんが、身じろぎひとつせず、澄んだ瞳をこちらに向け、聞き耳をたてるように集中してくれる場面が幾度となくあります。私が息子と絵本を読み始めたのは1歳を過ぎたころですから、こんなに小さな赤ちゃんが絵本の絵や言葉に反応する姿を目の当たりにすると「絵本講師」でありながら感動してしまいます。

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 最近は「赤ちゃんにはいつから絵本を読み始めたらよいと思いますか」と問いかけ、「目もまだよく見えていない、言葉もわからないと思う赤ちゃんでも、お父さんやお母さんが愛情をかけて優しく語りかけてくれることは理解できます。だから絵本も読んであげていいんですよ」とお伝えします。その後で、「でも、無理はしないでくださいね。お母さんがゆったりとした気持ちで読んであげられる時、そういうタイミングで絵本を読んであげると、お母さんの気持ちが癒されます。いつも聞き慣れている自分の声が、絵本のことばを通すと穏やかな優しい声となり、自分を励ましたり元気をくれたりするんです。だから、赤ちゃん向けの絵本に限らず、お母さんが読んでいて気持ちの良い絵本、読みたいなぁと思う絵本も読んでいいんですよ」と付け足します。だって息子が生まれて6か月頃まで、私は母子手帳のコメントが書けず、絵本を読んであげたいと思う心のゆとりも無かったのですから。そして今「絵本講師」としてお伝えしているのは、息子を産んだばかりの私自身が、誰かに言ってもらいたかった言葉なのです。

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 さて、自己主張真っ盛りの小学生の我が息子は、この夏休みに父親と2人で、1泊2日のお寺修業をしてきました。朝は4時半起床、初めての坐禅、写経や写仏、広いお寺の掃除、食事をいただく心構えやお作法などを体験させていただきました。そして保護者にはご住職から『心の支え』のお話。「万引きや痴漢などの行為をしてしまったことに対して、よく〈魔が差した〉という言い方をするが、実はそうではない。小さい時からの教育で『心の支え』となるものを子どもの心に植え付けていないからだ。〈悪いことをしたらご先祖様やお天道様が見ている、だから絶対に悪いことはできない〉この〈ご先祖様〉や〈お天道様〉が『心の支え』となり、人生を根本から支えるのだ」と。その昔、テレビやビデオが普及する前の日本の子育てには、絵本は無くても、子どもたちにお話を聞かせる「語り」の習慣がありました。先人の暮らしの知恵や様々な願いが込められた昔話を語ってもらうことで、子どもの心に『心の支え』が自然と育っていたのでしょう。

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 子どもの心に『心の支え』を自然と育む。語りの習慣が殆ど無くなってしまった現代の子育てにおいて、家庭で絵本を読んであげる「絵本で子育て」が、正、義、善、悪、喜、怒、哀、楽などの人として大切なこと『心の支え』という種を子どもの心に蒔き、共に楽しみながら育み、親子の歩みを助けてくれる強い味方ではないでしょうか。

                    (のぐち・りえ)

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