えほん育児日記

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~絵本フォーラム第92号(2014年01.10)より~  第 4回

子どもが本と出会う場所

 私は、自分が子どもの頃から本の虫であることを自覚しているが、気づけば、我が家の小学生たちも、四六時中本を読んでいる。風邪で40度の熱がある日以外は、彼らが本を読まない日は一日もないだろう。4年生の長女は、宿題や手伝いを済ませた後の自由時間に読んでいるが、思うままに行動してしまう2年生の息子は、そこに本があれば素通りできず、すべきことも忘れて、ふらふらと本に吸い寄せられていく。その読みっぷりは、うらやましいほどである。休日の朝は、親が起きてみれば、まだ字が読めない5歳の末娘も含めて、3人それぞれ本を抱えて静かに読みふけっていることもよくある。
 家を建てた際には、2階まで続く壁一面の本棚を作りつけてもらったのだが、そこは越してきてすぐに本で埋まってしまった。その後も本棚は増え続け、子どもの頃に夢見たとおりの本だらけの家に暮らしている。
 そんな本の家で、子どもたちは、親が本を読む日常をあたりまえとして育った。絵本は一緒にたくさん読んできたし、子どもたちとのおしゃべりのなかで、私が好きな本の話が出てくることはしょっちゅうあるが、それらは全て楽しいからしてきたことである。その結果というべきか、今では、子どもたちにとっても、本は楽しいものであり、本を読むのは、息をするのと同じように自然なことになっているようである。

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 子どもの頃、私は、育った高知市にあるホキ文庫という家庭文庫に、日曜日ごとに姉妹で通っていた。前庭には草花が生い茂り、建物の横をまわって専用のドアから入る文庫の部屋には、不思議な置物や外国の人形などがひっそりと置かれていた。姉と私は、ホキ先生を半ば本気で魔女ではないかと思っていた。そして、本に埋もれるようにして、いつも何かしら読んでいるホキ先生は、私の知っている大人のなかで一番の本の虫であった。文字通り、山のような本に囲まれたホキ文庫の、あの部屋で過ごした時間抜きに、私の子ども時代を語ることはできない。実家にも相当な量の本があり、常に本に囲まれて生活していたが、文庫に本を借りに行くというのは、格別の楽しみであった。本棚と壁の間の、どっしりした青い鉄製の脚立の上が私の定位置で、そこで誰からも干渉を受けることなく試し読みしたり、気に入った本に没頭したりしたものだ。アーサー・ランサム全集に出会い、ジョーン・エイケンやグリーン・ノウ物語に夢中になり、ナルニア国への扉を何度もくぐった、魔法のかかった場所。人生で何度も読み返すことになる本との出会いが、あちこちに秘められた場所。それが私のホキ文庫であった。私が、ホキ先生といろいろ話をするようになったのは、実は大人になってからである。子どもの頃の私は、会話よりも、本と、本のある空間を共有していることで、先生と仲間のような気持ちでいたように思う。

 私が、子どもの頃に出会い、夢中になった宝物の本たちは、年月をかけて我が家に集められ、本棚の特等席に並ぶ。日に日に成長していく子どもたちが、ある日その一冊を手にとる。その横顔の向こうに、彼らと肩を並べて本を読む子どもの頃の私が見えるような気がする。子どもと本のある空間は、時間を超えて過去へも未来へもつながっているのだろう。生きていく時間の重なりを、静かに実感する瞬間である。

  子どもが本と出会う場所には、なかだちとなる大人が必ずいることを、私は大人になって気づいた。そして、信頼できる大人がそばにいることで、子どもの成長がどんなに豊かになるかということも。

 現在暮らしている姫路市の郊外にも、すてきな文庫がある。きれいなとらねこムーちゃんのいる、とらねこ文庫である。末娘が赤ちゃんの頃から通っているとらねこ文庫は、我が家の子どもたちにとって、本に出会えるだけでなく、やさしい文庫のおばちゃんと話したり、ムーちゃんに会える楽しみの場所となっている。家にいくら本があっても、文庫にはまた違う本との出会いがあり、家にある本であっても出会い方が違うのだろう。子どもだけで歩いて通うことができる文庫は、かつて私にとってそうであったように、何よりも子どもの居場所である。文庫で「これは、あなたにどうかしら」とすすめられた本は、子どもにとって、自分をよく知っている大人が選んでくれた特別な一冊となる。吟味して、ちょっぴり誇らしげに貸し出し手続きをする姿に、子どもの成長を感じる。子どもたちの生活に、家庭以外にも安心して過ごせる場所があること、その場に信頼できる大人がいること、そして、一生ものとなる本との出会いがあることは、なんとありがたく幸運なことかと、親として感じている。

                         (なかむら・ふみ)

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