小沢俊夫の昔あったづもな  

第二信

南の島で教科書の強制が行われている

 沖縄本島のはるか南、八重山諸島の石垣市、与那国町、竹富町で形成する教科書採択地区の協議会は、3年前、中学の公民教科書に育鵬社版を答申した。しかし、竹富町教育委員会はこの協議会の運営に疑義を唱え、独自に東京書籍版を選んだ。育鵬社版は国家主義そのものの教科書で、良識ある教師ならとても採用することのできないものである。しかし、採択地区の定めに反するとして、国の教科書無償配布の対象から除外された。現在は地元有志による募金によって、生徒への教科書無償配布が実行されている。
 地方教育行政法は市町村に教科書の採択権を認めているので、竹富町はその権利を行使したのである。ところが、教科書無償措置法では、採択地区単位で教科書を一本化することを定めているので、文科省はそれを根拠に竹富島教育委員会の違法行為を責めるのである。この混乱の元凶は2つの法律の矛盾にあることは明らかである。文科省はその矛盾を放置したまま、最近、竹富町教育委員会に対して是正要求を直接発令した。これはまさに、国家権力の教育現場への介入である。こんなことを国民は許すべきではない。これは、戦争中の国民学校教育へ一直線に戻る道である。
 文科省は今国会に、採択地区を「市郡」から「市町村」へと小規模にする改正案を提出した。ならば、竹富町の判断を尊重する方向へと流れを変えてもいいはずである。
 だが文科省にはここでどうしても譲れない理由がある、と私は見る。下村文科大臣は、育鵬社の教科書をどうしても使わせたいのである。  それは「新しい歴史教科書を作る会」の流れをくむ国家主義的な教科書だからである。「新しい歴史教科書を作る会」は、戦後の歴史教育は自虐観にもとづいているとして、日本の歴史教育を立て直さなければならないと主張する国家主義思想の集団である。複雑な内部紛争を繰り返した挙句、分裂して、その有力メンバーが育鵬社という出版社を立ち上げたのである。一連の流れの中では、「教育再生機構」という組織も作られた。安倍首相と下村文科大臣はこのグループと極めて近い関係にある人物である。
 安倍首相は直接口を出さないが、下村文科大臣はここで何としても育鵬社の歴史教科書を採択させたいのである。これこそまさに、政治の教育支配である。日本の南端の小さな島で強引に支配しようとしている。ぼくは那覇と石垣島でも昔ばなし大学を開講しているので定期的に飛んでいくし、抗議集会にも参加させてもらったことがあるのだが、現地の人たちは激しく怒っている。決して負けない覚悟で戦っている。
 育鵬社版はほとんど戦争中の教科書の様相で日本の歴史を教えている。あの無謀な戦争で筆舌に尽くしがたい苦しみを受けた沖縄の人たちが受け入れることのできない教科書である。竹富町の市長、教育委員会、そして町の人たちは一歩もひこうとしていない。ここで敗れたら育鵬社版がどんどん全国にのしていく危険性がある。どうか、全国の人たちからの激励や応援をお願いしたい。

自民党と安倍政権の権力がこの国の隅々に浸み込み始めた

 4月21日午後7時のNHKニュースを見て驚いた。地方自治体が、市民の講演会や展示会に対して、会場の提供を拒否したり、会の後援を断ったりするケースが急増しているというのである。理由は「政治的中立を配慮する」ということだそうだ。調査は県庁所在地、政令指定都市と東京23区についてのものだそうだが、その自治体の対応内容は、会場使用を断ったものが奈良市で2件、内容の変更を求めたものが東京都、福井県、京都市など5自治体で6件。会の後援申請を断ったものが札幌市、宮城県、茨城県、京都市、神戸市、福岡市など14自治体で22件あったということだ。会合の内容は憲法に関すること11件、原発に関すること7件。その他に社会保障、税金、介護、TPP問題などであったとのこと。いずれも市民にとって切実な問題である。
 地方公共団体が市民の活動に制限をかけてくるのは、大きく言えば時の政権の顔色を窺って、その意を汲んでのことであろう。末端の公務員が政権の意を汲んで、政権のやりたい方向に働くことは極めて危険な傾向である。
 その典型的なケースは日本の軍隊であった。軍隊では、どの階級の軍人にとってもそれぞれの上官の命令は絶対だった。戦闘行動ではもちろんのこと、日常の行動でも「命令である」と言われたら絶対に服従しなければならなかった。なぜならば、「上官の命令は天皇陛下の命令である」ということになっていたからである。だが、たとえ戦闘行動の最中でも、一つ一つの場面での命令が天皇の命令であるはずはない。その場その場で思いついた命令である。しかし、それをあたかも天皇の命令であるかのようにして、強制力をもたせ、全員に従わせた。
  上に述べた会場使用の拒否にしても、内容変更の要求にしても、後援申請の拒否にしても、管轄する総務省の大臣からの指示ではあるまい。いわんや安倍首相からの指示ではあるまい。末端の公務員が思いついた規制であろう。だがそれをあたかも国家の大命令であるかのように強く、絶対的な規制として市民に強要する。この構造は、ぼくの目から見ると戦争中の日本軍の命令構造と同じものに見える。
 この命令構造によって、軍の権力の意志は一兵卒に至るまで浸透したのであった。そして、今、平和であるはずの日本社会で、天皇ならぬ安倍首相の意思が市民の心の中に浸み込んできているのである。非常に危険なことだと思う。
 これと同じことが生活保護申請についても起きているそうだ。5月9日の「東京新聞」朝刊によれば、生活保護費の不正受給に関する情報を市民から募る専用電話が少なくとも12の都市で開設されるそうだ。設置した市は、「不正受給が増え、行政だけでは発見できない事案もある」と言っているそうだが、これは明らかに市民の「相互監視社会」を作ることになる。現行憲法のもとでは絶対に認められない制度である。だがこの制度も大臣からの指示ではなく末端の公務員の工夫であろう。公務員は本来「公僕」なのであって、市民の側に立って発想するべきなのだ。にも拘らずこの制度は市民監視の権力側の発想に立っている。
 末端の公務員の、自主的発想の右傾化は大学にも及んでいる。5月21日の「東京新聞」によれば、2月に完成したばかりの京都大学医学部資料館で、戦争中に細菌兵器の開発を行った731部隊について説明する展示パネルが、完成記念式典後、撤去されたということだ。
 731部隊というのは関東軍防疫給水部のことで、1936年、中国東北部、ハルビン市郊外に細菌研究室や特設監獄などを建設し、中国人、ロシア人捕虜に人体実験をした。その犠牲者は3千人とも言われている。京大医学部は部隊長・石井四郎が卒業生であったため、どのように関与したかを解説するパネルを2枚展示したのだった。
  このパネル撤去も文部科学省からの命令ではなかっただろう。京都大学の事務官(これも公務員である)が、直接的には文科大臣、間接的には安倍首相をはじめとする、いわゆる「自虐史観批判者」たちの意向を汲んでおこなったものと考えられる。  こうやって安倍首相はじめ現在の権力者たちの国家主義的政策が、この国の隅々まで浸透しつつある。本来「公僕」であるはずの公務員たちが、それぞれの場で「役人」として、権力の意思を汲んで市民をおさえにかかってきている。その意味でも「あの日本をとりかえそう」としているのである。これが進んでいくと、ボールは止まらなくなる。
 


小澤俊夫プロフィール

1930年中国長春生まれ。口承文芸学者。日本女子大学教授、筑波大学副学長、白百合女子大学教授を歴任。筑波大学名誉教授。現在、小澤昔ばなし研究所所長。「昔ばなし大学」主宰。国際口承文芸学会副会長、日本口承文芸学会会長も務めた。2007年にドイツ、ヴァルター・カーン財団のヨーロッパメルヒェン賞を受賞。小澤健二(オザケン)は息子。代表的な著作として「昔話の語法」(福音館書店)、「昔話からのメッセージ ろばの子」(小澤昔ばなし研究所)など多数。

 

 

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