神戸新聞記事2015年5月24日

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2015年05月24日(日)
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絵本を読んであげましょう

NPO法人「絵本で子育て」センター 理事長 森 ゆり子

 先ごろ、川崎市で中学生が殺害されるという痛ましい事件があった。1990年代初めから、少年による殺人などの重大事件が頻発している。現在の社会は、子どもたちが健康でたくましく生きる環境を激しく奪っている。それは、大人たちがつくりだした、自己本位の歪んだ社会・経済生活の在り様に問題があるからではないだろうか。人と人の関係が今ほど希薄になった時代が私たちの過去にあっただろうか。

 昔は当たり前のように行われていた親子の心の交流が、現代社会において失われつつあるように思われる。子どもの心を育てるのは、決して「モノ」ではない。心を育てられるのは「こころ」だけなのだ。 そのような思いをたくさんの子育て中のお母(父)さんに伝えたいと、2004年にNPO法人「絵本で子育て」センターを芦屋市で設立した。絵本で子育てすることの楽しさを子育て中の方に語れる人材を育成しようと「絵本講師・養成講座」も開講した。

 開講時、故中川正文氏(元大阪国際児童文学館館長)は「本邦初の画期の講座だね。継続を祈る」と激励してくださった。また、松居直氏(福音館書店相談役)からは「家庭に言葉を復活する手がかりになるかも」と賛同の言葉をいただいた。12年目を迎えた今年は、100歳のジャーナリスト・むのたけじ氏に開講式の記念講演をお願いした。講座の修了者は全国で1300人を超え、各地域で「絵本講座」を開いている。

  講座活動を通じて、多くの若いお母さん方と出会ったが、子どもとどう接して良いのか分からず困惑し、苦痛さえ感じている方が増えてきたように思う。私たちは、そんなお母(父)さん方に絵本を使った子育てをお勧めしている。毎日、たとえ一冊でも、たとえ数分でも、お膝で絵本を読んであげることによって、自然と親と子が肌を触れ合わせ、心を通わせる時間が生まれてくる。そうした時間の積み重ねこそが、子どもの心を育む一番の栄養素なのだ。また、読み手からの愛情とは別に絵本(物語)からもすてきな贈り物が届く。物語の世界を旅する楽しさや喜びを知った子は、名も知らない路傍の草花にも、目の前を横切る子猫にも温かいまなざしを向けることができるようになる。人として一番大切な「優しい心」と「強い心」を育んでくれるだろう。

 乳幼児期の子どもにとって、最も身近な存在である親と触れ合うことは、これから人生を生きていく上でとても大切なことだと思う。お母(父)さんの肌や声に包まれ、心から安心できる「子どもの時間」を過ごすことによって、子どもは自分がかけがえのない存在であることを確認し、同時に他人を大切にしようという気持ちが芽生えていくのではないだろうか。 親子で楽しい絵本の時間を過ごしてほしい。

 

 


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