心の安定した成長の大事さ

小澤俊夫氏講演会から よく大人が言うのはね、もっと新しい本を読んで知識を増やして欲しいということ。僕、そんなケチなことを考えないでくださいって言います。子どもの心のね、魂が安定した成長と、知識をちょっと人より早く吸収する事と、どっちが大事ですか、長い人生にとって。心の安定した成長の方が、よっぽど大事ですね。どうぞ、それを守ってやってください。  

 でもね、それは、子どもだけじゃないんだよ。大人だってそうだよ。もう知ってるものとずいぶん出会ってる。やってんじゃない、みんな。というのは年末になったら第九を聞きに行く人がいっぱいいるんじゃないですか。そうでしょ。あれ、第4楽章がどうなるかわかっているんだよ(笑)。あるいは、忠臣蔵を見るんだよね。あれ、結末どうなるか、みんなわかっているんですよ。だけど見るじゃないですか。大人だっておんなじ、それで安心するわけだから。今年も無事に終わりました(笑)、おんなじよ。人間にとって、同じものと出会うということは本当に大事なこと。

  あせらないで、子どもが満足するまで読ませてやってください、あるいは聞かせてやってください、同じもの。さっき僕は冒頭で、昔話は音楽と似ていると言ったけれども、音楽でもそうだよ。同じメロディが2度出てこない音楽は無いよ。何でもいいよ、思い出してごらん。学校の校歌だろうが、ロックだろうがジャズだろうが演歌だろうが、クラシックはもちろん、同じメロディが2度出てこない音楽は無いんですよ。音楽家、作曲家はみんなそれを知ってる。人間が何を求めているか知ってるから、それをやるわけです。同じことです。

 昔話もおんなじ。ですから、どうぞ、子どもには同じものを尊重してあげてください。

 

白雪姫は三回殺されている 

 先に行きますが、昔話はですね、そういう同じ場面を同じ言葉で語るってのはとても大事なんですけど、特に好んでやるのは、3回のくり返しをほとんど同じ言葉で語る、ということです。昔話は3回のくり返しをほとんど同じ言葉で語る。  

 白雪姫は3回殺されているんですが、ご存じでしょうか。自分の知ってる白雪姫が、りんごで殺されているだけだと思ってる方は、ディズニーにだまされています(笑)。どうぞ、オリジナルを読んでください。

 もう一つ、ついでに聞くけど、シンデレラがガラスの靴を置いてきたのは3回目の舞踏会の帰りだったの知ってる?(会場:知らない……)知らない人が多いんだ。

 1回目のガラスの靴だって、それもディズニーにだまされている(笑)。どうぞ、だまされないでください。「シンデレラ」は大事だから、あとで取り上げます。

 「白雪姫」にはね、こんな話があるんですよ。女王は白雪姫を殺そうと思うでしょ。で、狩人に渡すよね。でも狩人は殺さないで逃がすという。で、白雪姫は七人のこびとの家でかくまわれている。女王は殺したつもりだったけど、鏡を見たらまだ生きているでしょ。

 それがわかって殺してやろうと思って、一度目は行商人に変装して、きれいなひもを作って白雪姫に売りつけます。白雪姫がそのひもを買うと、じゃああんたの胸を飾ってあげようといって、胸をぎゅんと締めるんですね。で、白雪姫はばったり倒れる。それを見て、女王は帰っちゃいました。

  夕方こびとたちが山の仕事から戻ってきてみたら白雪姫が倒れていたので、体中を探ってみたら、胸がひもで締められていた。そのひもを切ってやったら、パーッと生き返ったというんです。窒息はしてなかったっていう話。それで、こびとたちは言うんですね。その行商人はお前の悪い継母に違いないから、もう買っちゃいけない。

 だけど、翌日、7人みんな行っちゃったから、惜しかったね。3人ぐらい残っていたらよかったんだね(笑)。でも、みんな行かなきゃだめなんです。だから、白雪姫はひとりになったでしょ。ひとり、孤立性。そこへ二度目、女王がひとりで来ます。1対1、さっきの文法どおり。

 二度目は毒のくしを作ってですね、きれいなくしなのね。で、白雪姫は買っちゃいけないって言われていたのに、きれいなくしを見せられると、つい買っちゃったんだよね。昔から衝動買いってあったんだね(笑)。白雪姫がくしを買うと、じゃあ、あんたの髪をすいてやるよといって女王は白雪姫の髪の毛にくしをたてました。すると、白雪姫はばったり倒れる。毒が効いたみたいにね。それを見て女王は帰っちゃいました。

 こびとたちが戻ってきたら、また白雪姫が倒れている。見たら、くしがささっていたからくしを抜いてやったら、パーッと生き返った。毒は効いてなかったという話。そこで、こびとたちはもっと厳しく言うんですね。もう買っちゃいけないって、厳しく言うんです。厳しく言いながらね、翌日7人みんな行っちゃうんですね(笑)。こびとたちは、反省という言葉を知らない(笑)。みんな行っちゃう。だから、またひとりになる。1対1、この文法はすごく強い。1対1。

 3回目は毒のりんご。赤いところにだけ毒が入っていて、それを食べたら白雪姫は倒れました。そ昔話の話法れを見て、女王が帰っちゃいました。夕方こびとたちが戻ってきたら、また白雪姫が倒れていた。体中を探ったけれども、何も見つかりません。とうとう生き返りませんでした。毒が体の中に入っちゃっているからね。だけど、その死に顔がまるで生きているように美しいので、こびとたちは彼女をあの黒い土の中に埋める気にはならない、って書いてあります。で、ガラスの棺に入れて、山の上に安置している。7人が交代で見張りをしながら泣いていました。

 幾日も経ちました。ある日王子が通りかかって、その美しい死に顔を見て愛を感じて、こびとたちから遺体をもらい受けます。ガラスの棺ごともらい受けて、召使いがその棺をかついで山を下って行きました。下って行く途中の木の切り株に召使が足を引っかけて、棺はがたんと揺れた。揺れたとたんに、白雪姫ののどに引っかかっていた毒のりんごがぽろっとはずれちゃった。そうしたら生き返ったんです。これがオリジナルです。ぜひ読んでみてください。ぜひじゃない、必ず読んでみてください。

 

本物を伝える大人の責任

 ディズニーはね、おそらくのどからぽろっとはずれて白雪姫が生き返ったっていうのが理解できなかったんだね。あまりにも馬鹿らしいと思ったんだ。で、知ってるでしょ、王子のキスによって生き返ったって。ロマンティックにしたつもりかも知れないけど、陳腐じゃないですか。誰だって思いつくね、そんなの。あの、のどからりんごがはずれて生き返ったっていうのは、はるかに昔話的なんです。  

 これとおんなじ語り方がですね、日本にもあるんです。日本だけじゃない、昔話にあるんです。りんごじゃないけどね。これをやりだすと、30分かかっちゃうんです。理論的に説明できることなんですけれどね。そのほうがはるかに昔話的だったんです。それをディズニーは理解できなかった。それで変えちゃった。

 どうぞ皆さん、あのグリムの「白雪姫」、全訳で必ず読んでください。子どものころ、ディズニーの映画を見て楽しんだ。いいよ。それは子どもだからいいんです。だけど、今みなさんはもう大人をやっているでしょ。しかも親をやっているんじゃないですか。子どもに対する責任だぜ、これは。ぼくは、はっきり言うよ、まじめに言うよ、これは。だまされっぱなしにしないでください、自分を。で、今、その3回のことを説明したんだけど、これを図解するとこうなるんだよね。(ホワイトボードに図を描かれる)1度目、ひもで殺されました。2度目、くしで殺されました。3度目、りんごで殺されました。で、生き返ったので、王子との結婚。

 りんごを食べて死ぬまでは、グリムは同じ言葉で語っています。読んでみてください、全訳で。実にほとんど同じ言葉で書いてあります。 このあと王子が現れてからは別な事件ですから、言葉は変わるんです。要するに、この3回目は一番長くて、一番重要です。これが何かっていうと、リズムなんですよ。こういうリズム、タン、タン、タン!っていうリズム。いち、に、さん!ていう、さんが一番強い(実際に手をたたく)こういうリズム。

 そういうリズムなんです。ですから、これを壊すことは出来ないんですよ。これ(ひもの部分)を無しにしちゃったら、リズム無しでしょ。女の子が毒のりんごで殺されましたという新聞記事になるでしょ(笑)。物語だから、リズムが無いとだめなんです。

 すぐ気が付いたことなんだけれども、これって、陸上競技の3段跳びと同じリズムだよね。そうじゃない?重ねるとほとんどおんなじだよ。ホップ、ステップ、そしてジャンプ。ジャンプで勝負するでしょ。3回目が一番重要だから、勝負するんだから、一番長いんです。

(構成・池田加津子、協力・東條真由美)

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